神戸の少女をばらばらにして殺した事件の犯人。



裸でうろうろ、


部屋をどんどん叩く、


ぶつぶつ言いながら歩く


ふだんはおとなしい




アル中の凶暴性が弱いものに向かった。




わたしはいつもアル症患者にそんな風な見かたをしている。






アル症の人が書いた話や


アル症の家族が書いた話はたくさん出ているけれど


読んだことがない。



それがこのまえ、大好きな作家さんの短編を読んでいたら



そのうちの二編がアル症の話で


それがわかったときは、どきんとした。







生きていることに疲れ切った(わたしが書くとこんな陳腐な言葉になってしまう^^;)


男の人が


昔住んでいたアパートに行ってみることから話は始まる。


昔住んでいたその部屋には女性がインコと住んでいて


毎日白い靴下を一足だけ干している。



それは、


丁寧にブラシを使って洗ったもので


そのアパートの前を走る電車で通勤している別居中の夫への


「きのうも飲まなかった」という印だった。





『ふるさと銀河線 軌道春秋』 高田郁


「雨を聴く午後」


「あなたへの伝言」





題名のとおり


雨の音が聞こえるような静かな物語。


けしてきれいごとを書いているわけでなく


アル中の症状がご多分に洩れず、であるのに。





鬼または鬼のような姉たちに


患者に対してもっとやりかたがあるとか、


わたしにもアル中になった責任はあるとか、


悪いのはお互い様だとか言われても


ただ、外側にいる人にはわからないと反発の気持ちしかなかった。



そのときに、この話を読んでいたら


ほんの少しは優しい気持ちになれたかもしれない。



だけど


物語の夫婦は、お互いにまだ好きで


一緒に暮らしたいという気持ちで断酒ができている。


わたしには断酒に協力することは


ご飯を作ることくらいしかできなかったので


やっぱり優しくなんてなれなかったな。



終わりのころは一緒に食卓を囲むことさえ


苦痛だったし。



あまりもう覚えていないけれど


まだほんの少しは信じることが出来ていた


一回目の入院のときあたりなら気持ちは1mmくらいは動いたかも。