父は視力を失い、脚力も弱まり自宅のベッドで酸素吸入。


少しでも歩行の助けになるものをと
家中に手すりや白い綱状のものをぶら下げたりした。


外に出れば
バリアもたくさんなので
せめて庭だけでもと
でこぼこを無くし、フラットにした。



父は要介護3では
あるけれど、
酸素吸入を外せば
SpO2は極端に減り
80以下。
ただ、SpO2も徐々に減少してきたからか、
本人には慣れがあり相当な無理をしようとする。


ベッドから近いトイレも
酸素なしで手探りで行く。


風呂は私の介助で
簡易酸素ボンベの助けを得ながら自宅の風呂に入らせる。


これは介護する側も
体力・神経ともに
最大限に使うので
何度繰り返しても
慣れなど生じない。

いつも
真剣勝負だ。


ただ、一番の喜びは
父の入浴中の
気持ち良さそうな笑顔。
それだけのために
頑張っている。


残された能力を
時間はかかっても
最大限に使わせたい。


家族だからこそ
家庭だからこそ
出来ることだと思う。


朝・昼・晩の食事は
ベッドに運ぶことが多くなったが
視力は無くとも
軟らかく食べやすい形にしたり
真横に一列におかずを並べて
視力のない父ひとりでも食べられるように
工夫する。


歩くときは(すごく時間がかかります)
私の片腕と
杖を酷使してでも
自分の足で歩きたいと願う父の気持ちに
添いたい。






要介護5の母は
経管栄養と白湯(とろみあり)を
朝・昼・晩、各2回に分けて(計6回)注入している。
(一度に注入すると戻してしまう確率が高いため)


オムツ交換は基本3時間おきにする。


だけれど、大便を2~3回は必ずするので
朝方は頻繁にオムツ交換を強いられる。


端坐位をさせながらのうがい、朝の清拭もかかせない。


夏は着替えの回数も多く、また戻すたびに着替えも
必要で パジャマの着替えの枚数は増えていくばかりだ。




父母ともに意識はしっかりしている。
言葉で自分の意志を伝えることが
できることは最大の武器かも知れない。


ただ、介護する立場としては
いつも その想いを受け止めなければという
プレッシャーも大きい。


私自身の休息はどんどん少なくなるばかり
それに反比例して
背負うものはどんどん大きくなる。


この3年間、病院と紙おむつなど生活用品の
買い出し、食料品の買い出し以外は
出かけることもほとんどなく過ごしてきた。


母の実母が亡くなったときでさえ、
葬儀に出られず、哀しい思いもした。


それなのに
こうして「在宅介護」を続けている私は
世間から見れば、どんなふうに映るのだろう・・・。




でも、父母が生きているうちに
出来ることはしたいと思うこの気持ちに
変わりはなくて、


こんな人生もいいんじゃないかと思っている。





ゆめ☆