はい。卒論ですエルモ

今はなにしてるかってーと

$アラサー女子大生ですが、何か?えぇ、先の事なんて全く予想できません。なのでしません。

こやつらと格闘している訳で、あと見えないけど下に重なってるCiNiiからとった論文とかね。
他にも事例の文献などあちこちに転がっております。はいぼー

読んでみて、結局使わないなーって言うのも多々あるんだけど。
戦争と広告とかは日本の話なので、読んだけどそうかそうかという感じ。WW2を扱う事をやめた時点で論文とは直結しないポイッ
現代広告とプロパガンダみたいなのは、ちょっと方向性が….どうやってものを売るか?みたいな
広告業のお話ポイッ

サイードにはだまされたぞ(笑)
完全にパレスチナ問題のアメリカ批判を延々と書いているだけだった…
戦争とプロパガンダ」っていうから、もう少し広めの事と2つの関係性などについて記したのかと思ったぞポイッ

なので半分まで、読んで積読入り。
チョムスキーもなんかそんな感じで…ポイッ




人を殺す道具」という縛りの中で書くんだけど
わたしはプロパガンダを一つの道具としてとらえる事にした。
半ば無理クリ。あまり兵器自体には興味がわかなかったので。


人が煽動されて「人が人を殺す」という高いハードルを、どのように越えさせてしまうのか?

しかも、組織的に、大量に。


みたいな事を書こうとおもう。

だって、殺せないでしょ?
次から次に。個人的に相当恨んでるとかじゃないわけだし。
なんでそうなっちゃったの?っていう単純な問い。


<ポイント>
・(職業軍人じゃない)人間の「殺す恐怖」への耐性=殺せるようになっちゃう、残忍性
・組織的かつ計画的に
・大量に


とかやっていくうちに、プロパガンダ<<<煽動術という方へ寄っていってる。
煽動術の中にプロパガンダを位置づければいいのだけど
そのへんは、後回しにしようかなーっと

今は上記の<ポイント>を象徴する特徴的なプロパガンダ事例をあたっている

ナチスルワンダを選んだんだけど、もう1例くらいあげた方がいいと指導を受けた。


結局プロパガンダという枠組みで考えると、WW2もパレスチナも、ユーゴも、尖閣やシリアの問題だって、なーんだってプロパガンダ要素を持っている。
ってくらい世の中なんでもプロパガンダなんだ。

森で迷ってしまったので、もういちど、自分の問いに戻ってみる

「人が人を殺す」という高いハードルを、どのように越えさせてしまうのか?
しかも、組織的に、大量に。


という軸で、やっぱり大きな世界大戦というよりは、
隣人が直接手を下す殺人者」となってしまった例にしぼった方が、この問いは解きやすいとおもった。

というわけで、ルワンダとクメールルージュを採用。

そしてナチス。
ナチスの場合は少し先の2つと少し違う気がするけど(大きな意味では「隣人が隣人を」だけど….
)、初めてプロパガンダの研究組織が作られたということで、やはり外す事ができない。

ナチスの場合は虐殺を煽動する事に重きを置いたプロパガンダというよりも、政党としてそして戦争を押し進めるために広くプロパガンダを利用したという意味で、どちらかというと大戦系になるので特にルワンダとは毛色が違うようにおもう。

クメールルージュも初期のころは政治利用が主だった使い方だけど、政権を取った瞬間に「虐殺行為」を人民同士が行うようになったので、そこからは内戦系
わたし的にはルワンダとナチスの間に位置するような感覚です。

頭を悩ませているのは、ナチス。
大戦系なので「ユダヤ人虐殺」ということについてプロパガンダを直結させているものより、どのようにドイツを支配してきたかという大きな枠の中でプロパガンダをとらえているので ……ちょっと困っていた。

はい、書いてて今思いついた。ナチス、ヒトラー、ゲッベルスという、ドイツプロパガンダに対する既成概念を一旦わきにおいて、大枠から拾うのをやめてみよう。
ユダヤ人虐殺」を拾っていこう。うん。

クメールルージュ・ルワンダについても文献がたくさんあり映像資料もあるので助かる。
同じ虐殺でも、クメールルージュは「不信」という内向きのものへ変化していった事。
ルワンダは「差別」という外向きのものへとなった点で相違を感じる。
この視点で振り分けると、ユダヤ人虐殺は民族主義なので、ルワンダと同じ「差別」。

ルワンダ・ジェノサイドを調べるにあたり1つ難点なのが
加害者が罪を認めていないので、なぜそのような事をしてしまったのかが当事者の口で語られていない。
….ので被害者の証言からひもとくしかない。
虐殺加害者数は諸説あるが、20万人程度。収容所内で罪を認め刑を受けた人数は少なく(増えてるかも、まだ調査中。いまんとこ知り得たのは1人)、加害者側がなぜそのような残虐行為に至ったのか?という当事者の声は数少ない。






そして、最大の悩みは……
結局群集心理大衆操作の話になっていく予定なんだけど、その辺の文献をよんではみたものの、尻すぼみになりそうガクリ

恐怖心とか、服従されるが本来楽な生物なのだとか、暗示にかかりやすいとか、その辺の通り一遍等の話で終わってしまう懸念がゾゾゾ

事例を調べるにあたり、人間の箍を外して「残虐」にさせてしまうところは、大衆操作的な大枠な話で説明して、はい終わり。だと…..すごいつまんないし。そんなのどこにでも載ってるし。
だから何?って感じ。

読み進めていく上で、やはり気になるのがその後である。
世に言う「和解プロセス」。
そうするとちょっとまた、ユダヤ人虐殺については大戦系で収容所という事もあり
国家としての和解の話しか出てこないんじゃないかーなそと心配しつつ。

ルワンダとクメールルージュについては幸い情報が豊富だ。
でもうまく行ってないけど。
この「和解」=虐殺者でない人間に戻る、という所まで見ていくべきだよね。
ゼミの方向性とはなれていくのだろうか?まぁ、いいやめだま2



ルワンダのガチャチャ裁判もクメールルージュの裁判も問題があって
裁判という枠組みで「和解」を考えるのも難しい事例だとおもう。
そもそも、裁判は和解の段階的なステップの一つなだけで….
国の押しつけの和解でしかない?ブランコ

ルワンダは、やっぱり10年しか経ってないし、みんなまだ記憶が鮮明で、かなり親しかった人との間の問題。
クメールルージュも親しい人への告発などは多々あったけど、告発者が家族の前で直接手を下している訳ではないし、もう30年も前で、国際裁判なんかは被告が高齢過ぎて裁判が進まない。
また、幹部を対象とした裁判であり、ルワンダみたいに隣人裁判は行われていない。

え?内戦って人殺しても罪に問われない?
あ、クメールルージュは軍人だから個人は裁かれないのか?
クメールルージュ同士の虐殺は?手を下した人は罪に問われてはいないよね。
それってどういう事になるんだ?ビックリ


事例別はもちろんのことルワンダのような例になれば、もう個々の問題までいくし、親類同士がお互いの家族を告発したりしてこんがらがってる印象。裁判ではむりでない???
でも法治国家なのに法が全く無視されたらそれも困るよね。

そういう訳で、和解の話に反れたけど、「元虐殺者(ひとくくりにしたくないが便宜上)との和解」まで書くか考え中ですcafe