あるページのサーバーを更新してなかったのか、消えてしまった。これまでの文章が消えて残念。
プロフィールだけキャッシュに残っていた。

学生の頃のエピソード。自分だけしかわからないが思い出し笑い。


Name : YUKA SATO

Barthday : June 3

City : Tokyo

Work : エステサロン、JTB海外店頭営業

Movie : ブラッドダイアモンド/ホテルルワンダ/13DAYS

Food : 鍋/パイナップル/焼きリゾット/ミラノ風カツレツ/フォー/とん汁/もちぃ

Drink : サングリア/フレーバーティー




Now : 大学学部生(政治学科)
<在学中の活動>
社会起業支援サミット2009(@saitama) http://ccc2009.blog26.fc.2.com/
HIKESHI http://hikeshi.org/
U-Lead http://www.ulead.jp/
Room to Read Japan http://www.roomtoread.jp/
JHP 1003カンボジア活動隊 http://www.jhp.or.jp/index.html


childfood : 小学校Ⅰ年は1km以上先にある小学校に徒歩で通わされ苦痛だった。
3年生で転校。転校前の担任から『おおざっぱで賞』という賞状をもらう。
5年生でできた親友は学年トップクラスの子、なぜ仲が良かったのか未だ不明。
中学受験をする。が、当の本人は全く勉強しない。都内志望校は不合格。
公立のガラの悪さと長いスカートが嫌で、親に頼み込み私立中学へ進学。
往復4時間の通学。寝坊して車でいく方が早く着く。
球拾いがつまらなくなり、軟式テニス部を1週間で退部。
吹奏楽でクラリネットを始める。ほっぺが肉離れして痛い日々。
中1で初めて高3の彼氏ができる。まだ、ウブイので怖くなりフル。
2~3年は1人の男子に片思い。3回は告白した。惨敗。
2年に上がってから、学年イチの不良女子と親友になる。
たくさんヤバいもの持ってたけど、私には触らせなかった。
不良女子だが一緒に遊ぶ時は、ごくごく普通。美術の宿題もやってくれた。
サントリーの緑茶が流行りなぜか女子トイレに空き缶を大量にストック。
野良犬にフランソワーズと命名しクラスの女子で面倒を見る。
用務員がフランソワーズを保健所に送ると言うので、片道2時間の距離を連れて帰る。
到着後から世話は親にパス。
フランソワーズから「ハナちゃん」へ改名される。
高等部へエスカレータで進学。


High school days : 『女子高生ブランド』が最強だった。
ルーズソックス、ラルフのカーデ、コテが3種の神器。高1からチアリーディング部に所属。
何度も携帯やPHSを親に内緒で契約し、お母さんにへし折られる。負けない。
高等部から入ってきた子となんとなく友達の取り合いになる。友達と半年間ケンカ。
モスバーガーで鬼詰めされキバを抜かれる。その後、結構寂しく過ごした。
平気なふりしてたけど。ムッチャ孤独。
3年の夏に甲子園が準々決勝まで行く。暑い夏。智弁和歌山に負ける。
大学受験も内部進学の為だいぶ適当。


College life : 最初の大学は、入学したが興味がなかった。
授業の場所とか、出席のシステムとか理解不能。
授業にでないでぐぅたらしてるうちに、本当に意味がなくなる。


Working : 友達だと思った人に1万円ポッキリで売られる。
売られたのでその会社で働く。歩合制のため初任給が40万だった。
買い物依存症。同時進行で、人生で一番苦労した恋愛をする。
集中治療室に1泊。走行中の車から飛び降りて銀座中央通を転がる。
やりすぎて親と決別。家に帰らず。
しばらくして会社も辞める。ホテルで優雅に暮らす。いつも待ちぼうけ。孤独。
寂しさに耐えられず、エステに就職。
営業から事務に移ったら横領の罪をなすりつけられそうになる。
が、犯人のデスクから証拠が大量に出て、私の潔白が証明され無罪放免。
いろいろあったので退職。
お金を稼ぐ為に夜の仕事をやってみる。ここら辺から人生が大回りになっていく。

月日が流れる。アッパーからアウトローまで紆余曲折を経て大手旅行代理店に就職できてしまった。
当時の彼に、誕生日の直前に「祝いたいって思えないんだ。」と突然フラれる。
追い出される。路頭に迷うが会社には行く。
死ぬ程凹む。体重が激減。しかし半年もすれば回復。女は元気だ!
有給で行ったインド旅行をキッカケに覚醒してしまう。
自主退職し大学に行き直そうと思いつきで行動........
早くも英語に苦戦し独学を断念家庭教師をつける。翌春に予備校の浪人クラスに入り浪人生と1年間過ごす。大学一般入試を受ける。

<大きな転機ーその①>

College life Ⅱ: 現在の大学に入学。自腹で学費払うのがこんなに痛いと言う事がよくわかった。
男難には昔ほど見舞われず、平和に暮らす。
カンボジアのNGOの活動に参加してみる。今思うと虚弱なわたしにあの体力がどう備わったかが謎。毎日4時起きだった。この経験で国際協力への興味が広がり、法律学科への転科を取りやめ政治学科に残留。(国際協力論etcは政治学科だったから)
高校の時に親の金でカナダに滞在した時とはちがう、世界とのつながりをみた。


<大きな転機ーその②>

震災がおきる。性格的に後先を考えないので2週間後にはNGOの派遣で現地にいた。
大学生活と宮城への往復を続ける。月~木が東京、金~日は宮城。新幹線が開通するまで行き来が大変だった。
夏から宮城へ常駐し、その後大学は翌春まで休学。
いろいろあった。限界を感じ2月に東京へ帰る。とりあえず東北の冬は寒い!
春、大学復帰。いきなりの財政難。

<大きな転機ーその③>

現在の会社のたちあげに途中から参画。忙しくて授業にいかなくなる。しわ寄せが来る。
単位習得に奮闘。化粧品の開発に着手。
学業と仕事の重圧でややおかしくなる。体が思うように動かなくなる。
認知行動療法などで回復。自分の好きなことを仕事・学業から離れてやってみたりする。
なんとか卒業。必要単位数が本当にぴったりで怖かった。
徐々に仕事に復帰。


先日、予備校時代からの師であり大先輩に最近のモヤモヤをメール。
その夜もモヤモヤについて身近な人と語らう。というか最後まで無理矢理聞かせる。
キーワードは「経済はダウンサイジング」してゆく。.....というもの。
資本主義の中で、自分が生きてる間だけのことを考えて、目の前のことだけ抱えて多くの利得を得ようと戦略化して、そうやって生きていくのは私も正直つまらないと思う。
つまらないとか楽しいの問題でもないんだけど、ただ氷上の上をスーッと滑って人生が終わる。
拝金主義と気づかぬ間に、それに振り回されて生きるのは避けたい。
これは<大きな転機ーその①>があってのモヤモヤである(笑)。
もともと利得を増やすというシステムであるビジネスとどう折り合いを付けるのか。
<その①とその③の融合への葛藤とでも言おうか...>
将来このまま経済が破綻傾向へと進むと、小商い的な小さなものの融合体だけが着実に根をのばすのか?
もし大きな資本を持っていて、持っているからこその守りをするなれば、資本家同様海外に拠点を移すだろうし、分散させ運用し利得をあげようとする。これも自然な行動だと思える。
そのような自分の行動を背景に「日本は大丈夫!」というのは嘘つき。
じゃー、大丈夫じゃないなかでどうしよう。と考えるのも自然なこと。
経営者でいる際に、こういったことのどこに自分らを位置づけるかはとても大きなことで、結果ももちろん違ってくると思う。
だけど、見えてるのに見えてないふりをして氷上を軽やかに滑るのは気持ちが悪い。そういう人を見ると残念な感じもする。ハリボテな感じ。
順風満帆を演じる大根役者にしかみえない。
こういう視点があると、順風満帆役者をみて「それでいいの?」ってモヤモヤする。

大学に復帰した頃から、「自分の抱えられることの大きさ」を常にはかってしまう自分もいる。
衝動的にならなくなった分、弱腰というか。これは<大きな転機ーその②>前後で一番大きく変わったことだと思う。
責任を持てる範囲しか責任を持たないようにしようという傾向が強くなっている。
そういう風にしていなきゃ行けない時期があったんだけど。
これはこの先も保守傾向が続くのかな?って。以前は思うより早く手足が動いていたのだけど。

夢を語るより現実を査定してものを言う自分も、つまらないと思ったりする。
単にシビアな人にみえるかもしれないけど、実は葛藤している。

最近は考える時間が増えたからこんなことを見つめちゃったりする。