週末のソルジャー


「M社の車のCMです。コンセプトは出来る男の休日版とビジネス版の2タイプを予定しまいます。いかがでしょうか、社長?」
 CM側の企業の重役と監督ともなれば、俳優部門の部長クラスでは相手をするには無理だと社長を相手に交渉することになった。
「休日ねぇ……」
 そう呟くと社長はニヤリと笑い、何か思いついたとしか思えない不気味さを感じさせるのを、同席していた部下が感じ取っていた。
「スケジュール次第だが蓮さえ大丈夫ならOKだ。ただ……」
「ただ?」
「休日に一人じゃつまらねえだろうから、助手席に乗る相手を探してやる」
「しかし、我々としましては、敦賀君のイメージで……」
 社長の言葉に焦ったM社の人間は驚いた。
「ああ、助手席の方は顔は出さなくていいから安心してくれ。『出来る男の休日』なら彼女が居たっていいだろう?」
「ですが、それでその女優は納得しますか?」
「それなら大丈夫だ。仕事をやりきる奴を選ぶから安心しな」
 社長の自信を持った一言で、M社側は納得した。
 だが監督は、現場がどうなるのか一抹の不安を覚えた。
 敦賀蓮と一緒だとわかれば、目の色変えることだってあるだろうが、大丈夫か?
 そう思いながらも、社長と企業が仮契約を行うと、後日絵コンテ等を送ってくることと、蓮のスケジュール調整によって道路の許可をもらう為の連絡をすることで、話は進んでいった。


「蓮! 出来る男のCMが入ったぞ!」
 多少のからかい半分を交えた社の声に蓮は振り返った。
「何のCMですか?」
「『出来る男の乗る車』というコンセプトだとさ!」
 マネージャーの社から差し出された企画書や絵コンテを見ながら、蓮は二つ目の休日編に手が止まった。
「こちらのタイプは助手席に人がいますね。顔の部分には影が入って女性のようですが、誰になるか知ってますか?」
 蓮は社に訪ねた。
「ああ、その相手については、LMEから社長が選ぶから安心しろって、監督に啖呵切ったって話だぞ」
 社は社長ならいつものことだろうと話を流そうとしたが、蓮は何か企みがないかと呟いた。
「社長の考えとなるとなら何をする気だ?」
 呆れた溜息と共に、蓮は撮影に微かに不安を覚えた。


 そして、CMの『休日』編の撮影日は、午前中は雑誌のインタビューとスチール撮影が入っていた。インタビューは予定通りに終わったが、スチール撮影のカメラマンが熱くなって時間が押してしまった。
「ちょっとギリギリだな。かといって焦って事故を起こすなよ。一応、向こうの現場には押しで入ることは連絡したからな」
 社が時計をにらみながら、蓮にも無理な運転はしないように釘を差した。 
「わかりました。ただ、許可の時間内に影響しなければいいのですが……」
「そこはNGの少ない男の見せ所だろ?」
 ニンマリと、マネージャーとして担当俳優を信頼しての言葉だった。
「わかりました」
 蓮はそう答えて撮影現場に車を走らせた。 


 蓮が撮影場所に着くと、監督やスタッフ達は蓮を待っていた。
「すみません。遅れまして……」
「いや、大丈夫だ。君ぐらい忙しいと余裕はみてるからな」
 監督は、蓮ほど売れても奢った態度ではない事が、さすが好感度の高い青年だと待っていたことなどおくびにも出さずに答えた。
「思ったより通行規制で手間取ったせいで、今、車のエンジンの調子や路面の最終チェックをしているところだ。もう少しそちらで待機していてくれ」
 監督にそう言われ、蓮と社は案内されたロケバスに入っていった。
「あれ、キョーコちゃん?」
 先に入った社の声に、蓮は驚いて社の後に続いた。
「最上さん!? どうして……まさか君が助手席に乗る女性?」
 確信を持ちつつも蓮は聞いた。
「はい。ラブミー部のお仕事としてきたのですが、敦賀さんの助手席でおしゃべりしていればいいと、社長さんに言われたのですが……」
 キョーコはいつものピンクツナギで現れたことで、監督は「やっぱりかよ……」と言わんばかりの溜息を吐いた。
 蓮がメインで顔も口元か頬ぐらいまでしか映らない役だが、それでも『出来る男の彼女』らしい仕草はしてもらわないと困る。
 だがピンクツナギのキョーコにはその影すらない。
 そう思っているところにメイク係の女性が出てきた。
「あら、今日の敦賀さんの相手役って京子ちゃんだったのね。メイクしがいがあるわ」
「よろしくお願いします!」
 キョーコも返事をすると、監督はメイク係の女性を手招きした。
「今の京子ちゃんって子、敦賀蓮の隣に座らせるとお飾りにしか見えないと思うんだが、大丈夫なのか?」
「監督。京子ちゃんはまだ新人の範囲ですけど、ダーク・ムーンで未緒を演じてますし、とっても化粧映えのする女の子ですよ」
 メイクの女性は、完成したらわかります、と言って用意に戻ってしまった。
 見た目は服だけが目立つ少女だが、未緒を演じた女優であるなら、化けてくれるか?
 監督は、キョーコにどこまで期待していいのか複雑な目で見ていた。


「私相手では、敦賀さんが気の毒です」
 キョーコはそんな言葉を蓮に漏らした。キョーコは本気で言っているだけに、蓮としては凹んでしまう。
「最上さんは俺とのドライブがイヤなんだね……」
 わざとらしく溜息混じりに蓮が言うと、「とんでもない!」と大声で否定する。
「だって、私の顔が見えなくとも、彼女の設定でドライブですよ? 私以外にもふさわしい人がいっぱい居ます!」
 それは暗に、自分は彼女ではないからとのめいっぱいの否定にも聞こえる。
 ……君は自分の魅力を知らなさすぎる。
「あっ。そう言えば、お二人はお昼は食べられましたか?」
 キョーコのその言葉にギクッとする蓮と社。
「その様子ですと食べていらっしゃらないんですね!」
「午前中の仕事が押してね。ここに来るまでに買ってくる余裕もなかったんだ」
 蓮の身体の管理もすべき社が、キョーコに謝るように言う姿は上下関係が逆に見える。
「忙しくとも、食べて下さいね! こんなこともあるかと思って、お弁当を作ってきましたので!」
 キョーコの大きなバックからはお弁当のサンドイッチが出てきた。
「食べてみえないならお時間もないと思って、食べやすいサンドウィッチにしてきました」
 にっこりと微笑むキョーコは、先輩の身を案じる可愛い後輩の姿だった。
「わー、キョーコちゃん、ありがとう! まだ少しは時間があるみたいだから、蓮も食べろ!」
「いつもありがとう、最上さん。こうやって気を使ってくれて、感謝してるよ」
 蓮の食事事情に関しては、マネージャーである社よりも気を付けてくれている方だろう。
「だって敦賀さんが倒れたら困ります。目標の先輩には、いつまでもお元気でいて下さらないと……」
「……聴き方によっては、俺がかなりヘタレみたいに聞こえるけど?」
 蓮はキョーコの嬉しい行動に、逆に遊び心で返した。
「えっ!? そ、そんなことは……」
 焦るキョーコの顔に、蓮は我慢しきれず吹き出した。
「へっ?」
「蓮! キョーコちゃんで遊んでると、俺が全部食べちゃうぞ!」
 社の言葉に、食事の心配をしていた先輩に遊ばれていたのだと知って、キョーコは顔を真っ赤に蓮を睨み付けた。
「敦賀さん!!」
「さて俺も頂こうかな」
 蓮はキョーコの怒りの声を、聞かなかったかのように流してイスに座るとサンドウィッチを一口食べた。
「やっぱり最上さんの作るものは美味しいよ」
 蓮としては、自分の為に好きな彼女が作ってくれたものだから最高の食事になる。
 それは知らないまでも、キョーコは食べながら向けてくれる笑顔が眩しいほどに本物だと感じることで、先ほどの怒りも収まってしまった。
「最上さんは食べたの?」
「いえ、私も頂きます」
 キョーコは蓮に声をかけられて、短い時間ながらも三人での楽しい食事タイムとなった。


 三人の食事中に、テストドライバーによる車の調整が無事終わった。
 キョーコは顔の下半分とはいえ、メイクは自然ながらしっかりとされ、服は女性らしい可愛さもある白いワンピースを着こなしていた。
 その間、蓮のドライビングの調子を見る為にカメラを回しながら、カメラ写り運転の安定度を見ていった。
「いつ見ても絵になる男だな」
 監督がそう呟くと、男性スタッフからも「ホントに」と言う声が聞こえた。
 運転ルートの下見から戻ってきた蓮に、スタッフが衣装を渡してラフなVネックのグレーのTシャツを渡した。
 ビジネス編は数日前に撮影していた為、今日は休日編だけの撮り。
 監督はキョーコのメイク後の姿を見て驚きながらも、撮影が始まれば蓮の笑顔に社長がキョーコを押してきた意味が理解できた。先日撮影したビジネス編と笑顔が違う。
 ……これが敦賀蓮の休日の顔って事か?
 蓮は少しの間、素のキョーコとのおしゃべりを楽しんだが、キョーコに一つだけ宿題を出してみた。
「君は俺の本当の恋人だとしたら、と言う設定で笑みを見せてみて」
「敦賀さんに似合う、恋人だとしたら、と言うことですか?」
 蓮が大きく頷くと、キョーコは目を閉じて気持ちを集中させた。
『週末だけじゃなくて、今君を浚って行きたいとしたら?』
『いいわ……。貴方とならね。私は貴方のものよ』
 カメラが拾うのは蓮の向こうのキョーコの口元だけだが、その後に笑みを浮かべる蓮は、女性なら誰もがとろけるような幸せな笑み。
 走る車の中で声を拾えるわけではないが、親しいからこその笑みだけで伝わる意味合いがある。
「あの社長……。こういう事まで計算してやがったんなら、古ダヌキもいいところだな」
 休日の顔にあの娘が必要だったってことか?


 テストの時とは違う笑顔に、ラストに流される言葉が変わった。


『君と居るこの空間が、好きだから……』


 セリフと共にラストに流されるのは、微かに目を細めて愛おしさを感じさせる蓮の横顔だった。


        《Fin》

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