〔第3回課題〕
「導入部(書き出し)を工夫する」
(テーマは「思い出に残る歌」)
応募期間:3/21~4/20(消印有効)
エーデルワイス
あべせつ
その朝、唐突に私の苦難は始まった。
市の主催する合唱コンクールの小学生部門に、我が校からは私のクラスが選抜されたのだ。音楽の熊谷先生からの発表に六年一組の仲間たちは皆、歓喜の声を上げた。 私一人を除いては。
私は歌が苦手であった。単に音痴であるならば、死に物狂いで練習を重ねれば治るであろう。努力さえすれば済む話である。
ところが、私は生来の悪声であった。何しろ小学一年の時、たまたま出た電話の相手に「御祖母さんですか?」と言わしめた声なのである。そんな私の戸惑いを知る由もなく、その日から朝な夕なの特訓が始まった。
曲目は『エーデルワイス』
この美しい旋律を、熊谷先生が天使の歌声と絶賛した上原君をメインに、日本語と英語の歌詞で高らかに歌い上げるのである。
しかし、何度練習しても熊谷先生の眉間のしわは取れなかった。その原因が私であることは、自分でもよくわかっていた。私は考えた末に歌っているフリをした。口パクする私の耳に、皆の美しいコーラスが聞こえてくる。
先生も大層満足そうにタクトを振っている。
「先生、〇〇さんが歌ってませーん」
糾弾する声の主を見ると、言いつけ魔の宮井君が、鬼の首を取ったかのように私を指差していた。
今でもエーデルワイスを聴くと、あの時の熊谷先生の困った顔を思い出すのである。