温かくて柔らかい布団の中で、まるで秘密の出来事のように。
キスをして、キスをされて。
抱きしめて、抱きしめられて。
こんなにも幸せな色が世界に存在するだなんてことを、はじめて知った二人。
蓮の手が不穏に動き出そうとした時、タイミングよくキョーコは疑問を口にした。
「あの・・・・私の、洋服どこですか・・・・?」
濃紺のパジャマはきっと蓮のもの。
考えたくはないけれど・・・・着替えさせたのも、きっと蓮。
キョーコは羞恥に悶えたくなるのを、ぐっと我慢して、真実を突き止める。
「ん・・・・?クリーニングに出そうか迷って、そこにおいてあるよ」
そこという目線の先は、ベットの下。
つまりは床に投げ置いてあるのだろう。
「・・・・皺になっちゃうじゃないですか」
「ごめんね。ぴっちりしたスーツじゃ、寛げないかなっと思って」
「勝手に着替えさせるだなんて・・・・とっても破廉恥です」
「大丈夫、気を失ってる子をどうにかしようと思うような、趣味はないから」
そういう問題ではない、と伝えたかったのに、これ以上は不毛な水掛け論になると考え付いて、言葉を伝える代わりに、息を飲む。
にっこりととんでもないことを言ってくる蓮と視線を絡めているのは、とても居心地が悪くてついつい下に視線を落としてしまう。
着慣れないパジャマは大きくて、心もとない。
「・・・・・・・・」
「・・・・ごめんね、気付いた?」
胸元に広がる、赤い小さな無数のしるし。
そういえば部室で首にも付けられた・・・・と、少し前の遠い出来事を思い出す。
付けたはずの張本人からは、誠意の欠片も感じられない謝罪が繰り出された。
謝罪・・・・というより、むしろくすくすと笑っているような雰囲気すら漂って、怒りにも似た感情がむくむくと起き上がる。
「なんなんですかーーーーーー!!?」
絶叫というには、トーンが抑え目なのは、きっとここが寝室だからこその無意識の配慮だろう。
予想通りなその展開に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「なに、笑ってるんですか?」
当然お気に召さないキョーコの突き刺すような視線にも、取り繕うことが出来なくて。
蓮の笑みはいっそうに深くなる。
「だって、俺のしるしが沢山ついてて、嬉しいなって思って」
「私は、まったく、これっぱっちも、嬉しくありません!!」
「そう?着替えさせる時につけたら、気持ち良さそうにしてたよ」
「な、な、な!!!!?????」
真っ赤に熟れるキョーコの頬をひと撫でして、鼻の頭に唇を寄せる。
途端にがばっとキョーコが上半身を勢い良く起こし、びっしぃっと蓮に人差し指を突き立てた。
「敦賀さん!!そういうのを、セクハラだって言うんです!!!」
「恋人なんだから、良いでしょ」
「なる前にしたら、立派な犯罪です!!!」
「結果良ければ・・・・って言葉があるのは知ってるかい?」
「そんな社長さんみたいなこと言わないで下さーーい」
片腕を頭の下に敷いて、突き出された指を自分の手で絡めとる。
くにくにと指先を弄びながら、どう・・・・この場を宥めるか、思考を巡らせるが、幸いにもキョーコの方から意識を違う方向へ向けてくれた。
「あ・・・・・・」
突如、真っ青になるキョーコに、次はどんなことが飛び出てくるのかと思うと、不謹慎にも心を浮ついてしまう。
ビックリ箱のような彼女の思考は、読めそうで読めない。
「どうしたの?」
「あ、あの、研修・・・・・」
「ん?中断しちゃったからね、やっておいたと社長に言っておくよ」
もう家にいるという事は、社長にはかいつまんで報告済みだし、キョーコの下宿先にも連絡を入れるように手は回っているはずだ。
だから研修が中断していることを気に病んだりしなくて良いし、今が何時かというのは朝がきてから考えれば良い。
ただ、純情な彼女がある程度の経緯を社長が知っていると知ったら、きっと憤死ものだろう事は考えるまでもないことなので。
事の経緯は、一切触れずに安心させる言葉を送る。
「でも・・・・レポートも提出が必須だと言われていまして」
尚も食い下がるキョーコの仕事に対する姿勢に、改めて蓮は感服する。
念願の彼女と一緒にベットにいるというのに、あの社長のことを考えなければならないのか、甚だ疑問ではあるが・・・・・
結局、キョーコが納得した答えを出さない限り、今日はこの疑問から一歩も抜け出せない。
うんうんと悩んでいるキョーコも可愛いけれど、悩むのであれば自分のことで悩んで欲しいし、なにより笑っていて欲しい。
思いついた案は名案・・・・・とは、言い難く、口に出すことがとても気恥ずかしいが・・・・
これで落ち着いてくれたら、そんなもの安いものだと思って、蓮は腹を括る。
キョーコは腕を引っ張られて、またベットに沈んだ身体を反射的に起こそうとするが、再度乗り上げてきた蓮に行動を抑えられてしまう。
愛おしいとさえ感じる様になった、その重みに・・・・・考えが霧散しそうになるが、持ち前の気力でぐっと耐える。
「なん、ですか・・・・?」
早く対策を考えねばならないのに・・・・と非難を込めて、端正な顔を睨む。
「良いこと思いついたんだけど・・・・・」
「えぇ!!さすがです!!」
流石!敦賀教の教祖!!!と無駄に社長と仲の良い彼を尊敬の眼差しで見てしまうが・・・・・・
すぐに期待は叩き落される。
「レポートのタイトル、愛のコンプライアンス研修、なんてどう?」
思わず社長が好きそうだと思ってしまうのは、やっぱり何かに毒されていると思う。
笑顔でのたまう人気NO1俳優は、やっぱりどこまでもどこまでも似非紳士だと思う。
むしろそのレポートにはナニを書けばいいのかすら、よく分からないが・・・・・
インパクトだけは充分で、きっとどんな内容であったとしても、差し戻されることなどないだろう。きっと。
ただ・・・・・・・・・・恥ずかしすぎる。
「うん、やっぱり微妙だよね」
固まったキョーコに、社長が好きそうなのを考えたんだけどね、と笑って、おでこに唇を寄せる。
「ちなみに・・・・・後学の為に聞きますが・・・・・」
「うん?」
「そのレポートはどんなことを書けばいいんでしょう?」
「・・・・・・・」
まさかそういう切り返しがくるとは思っていなくて、流石に考えていなかった、なんて事は言えない。
ただ眉間に皺を寄せて、かなりの覚悟を決めて、怖いもの見たさに、真剣に聞いてくる彼女に、むくむくと湧き上がる悪戯心はどこをどうやったって止められない。
「いつもの俺たちのことを書けば?」
「へ?」
「いつも俺がキョーコにしていることを書けば?」
「・・・・・・セクハラを、ですか?」
疑わしい視線は、無視をされて。
頬を抱えられたと思ったら、蓮の唇と自分のものが触れ合った。
「触れ合い、スキンシップだよ」
「だから・・・・セクハラですって」
「くどいね、君も・・・・」
「しつこいのは貴方です」
いつもみたいにじゃれ合っているはずなのに、お互いの笑みが蕩けてしまいそうなほどなのは、きっと足りなかったピースが埋められて。
ぴったりとくっつく身体に、まるで誂えたかのようだと勘違いしてしまいそうになる。
「そしたらちゃんとした研修の続き、今やる?朝やる?」
「・・・・・・」
時計を見れば深夜を少し回っていて、本来ならすぐにでも取り掛かるべきだけど、この愛おしい重みを退けてしまうのは寂しい気がする。
でも、やっぱり与えられたことは、すぐにやらなくてはいけないんだろう。
迷いがだだ漏れだったのだろう、決断は蓮によって下された。
「明日7時出発だから、5時に起きれたら朝やろう」
起きれなかったら?と視線で問いかけると・・・・・
「その時は、さっきの愛のコンプライアンス案でいけば良いよ」
「・・・・・・・完全に人事ですね・・・・・・」
「起きたら良いんだよ?5時に」
俺は起きれる、と自信満々で言われたら、対抗するしかないだろう。
どんな時でも100%寝過ごさない確固たる自信がキョコの中にもあるのだから。
「わ、私だって!早起きは得意です!!」
「だよね。そしたら今日はもう寝よう」
「あ!お食事!!」
このまま気が付かなかったら良いのにと、密かに願っていたことを、突かれて思わず視線が宙を彷徨う。
「・・・・・こんな時間に食べたら、胃がビックリするよ」
「たしかに、ですね」
「そうそう、また、明日」
またぎゅうっと抱きしめられて、背中をぽんぽんと叩かれる。
寝なさいっと言っている仕草が、優しくキョーコに染みていく。
「あの・・・・今日はセクハラ・・・・・しないで下さいね・・・・」
ちゃんと寝たいから、という希望を伝えたかったのだろうけど、このタイミングで投下する言葉ではないだろう。
なんとか沈めた劣情を煽られている感覚が蓮を襲う。
しかし嵌めなおした枷は意外に強固であって、先程のような暴挙を許さない。
「大丈夫。キョーコがセクハラじゃなくて、触れ合いだと認識する日が来るまでちゃんと待てるよ?」
「本当ですか・・・・?」
「本当ですから、もう寝なさい」
待てのご褒美はきっちり回収するけどね・・・・・なんてことは伝えずに、キョーコを眠りに誘う。
程なくして寝息を立て始めたキョーコの髪の毛を丁寧に梳く。
腕の中には、求めて求めて止まなかった少女。
伝えたいことの半分も伝えられなくて、それでもこれからの時間を共有する関係に出来て。
安心はするけど、不安はあって。
これからのことを二人で考えていかなくてはいけなくて。
考えたこと決めたことは、二人で守っていかなくてはいけなくて。
そんなことをつらつらと考えていたら、提案したレポートのタイトルを思い出す。
愛の法令順守・・・・言葉にするのはそれこそ憤死するほど恥ずかしいが・・・・
二人の決め事を形容した言葉としては、大変立派なものだろう。
絵に描いたようなロマンチストで、意外にリアリストな彼女。
リアリストを気取るが、意外にもメルヘンな思い付きができる自分。
案外、良い組み合わせだろう。
そう呟く言葉は空気に溶けて、蓮も眠りに誘われた。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ END
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ご覧頂いた皆様、誠にありがとうございます。
なんだかとっても、泣きそうです←
seiさん、カナメさん、ちなぞさん
・・・・・本当に素敵な設定やイラストを頂いたのに、活かしきれずに申し訳ありませんでした。
お三方には、心からの感謝と、謝罪を・・・・。
本当に!本当に!!
ありがとうございました!!