輝く橋に彩りを添えるかのようにネオンが煌めき、空は勿論のこと波打つ水面を飾り立てた。
駐車場の喧騒が嘘のように、静まり返るその雰囲気に飲まれてしまうそうになる。
何かに引き寄せられるかの如く、キョーコはデッキ調の歩道からさらさらの砂浜に足を付けた。
蓮との距離が開いて、繋がった腕がピンっと伸びる。
それでも解かれないお互いの手に、キョーコの心の水面は大いに揺れた。
心の平穏を取り戻すためキョーコは当然のことをあえて呟いた。

「靴が埋まっちゃいますね」
「砂浜だからしょうがないね」

キョーコはオープントゥのために剥き出しになっている爪先部分へ侵入する砂を見る。
その姿を蓮は愛おしげ眺め、その事実を隠すようにくすくすと笑いながら器用に靴を脱ぎ、そのままずんずんと波打ち際へと進んで行った。
手を引かれたキョーコも履いていたサンダルを脱いで、そのまま海へと近付いていく。

「ちょっと水、冷たいかも。平気?」

蓮のその言葉通り、海水は冷たくキョーコ足元の砂を攫って行く。
それは無駄に火照った身体にとって丁度良い水温のように思えた。
繋いだ手をわざと外す勇気をくれる・・・・・丁度良い冷たさ。
成る丈自然になるように絡み合った指を解き、もう手を引かなくても大丈夫だと笑顔を作る。
交わった視線の先にある蓮の瞳が悲しみを湛えていたように感じるのは、きっとキョーコ自身の願望が見せたものだろう。
そう決め込むと、彼女はそれを見なかったことにした。

「冷たくて、気持良いです」
「・・・・・良かった。でも冷やし過ぎると体調を崩すから気を付けないとね」
「敦賀さんより体調管理はしっかりしてるつもりなので・・・・ご心配には及びませんよ?」

少しだけ距離をおこうとする綺麗に笑うキョーコに遣る瀬無さを感じてしまいながら、その正体を隠すために蓮はそうだね、と一言呟いた。
手を伸ばせば抱きしめることすら容易いだろう痩躯に触れることのないように、一歩海へと進んで行った。

「お洋服濡れちゃいますよ?」

踝まで浸る蓮を心配そうに覗き込むキョーコ。
その心配顔を見ながら、恋い焦がれる男は言うのだ・・・・

「手を繋いでてくれたら、濡れない場所にいれるかも」
「!!!!」
「濡れそう・・・・・助けて?」

勝手に濡れれば良いでしょう。
良い大人がなに言ってるんですか。
その大きなコンパス一歩で戻れるでしょう。
・・・・・誰にでも、そうやって言ってるんですか?
これ以上・・・・・私を、追い詰めてどうするんですか?


身の内から溢れ出てくる言葉が全て声にならなかったのは、薄暗がりの中で手を差し出す蓮のは儚げな表情にのまれてしまったから。
どう足掻いても、その距離は変わらないままだったから。
他人にしたら近すぎるだろういつもの近さを保ちつつ、二人の手は再び重なりあった。

「今日だけ、ですよ?」
「ありがとう。助かるよ」

キョーコに受け入れられたことを安堵して、蓮は繋がれた手を優しく握り返した。
ふにゃりと緩む温かそうな頬を撫でたい欲求に駆られるも、今の柔らかな雰囲気を崩したくないためにやめておくのは理性という名の枷の為。
無事に裾の濡れない程度の岸辺に落ち着いた二人は、独得の湿気を帯びる海風に吹かれながら揃って歩みを進める。
そして穏やかな静寂の中、キョーコは8月の暑い時期に過ごした日々をつらつらと並べていった。

撮影の際に訪れた場所だとか。
そこで学ぶことの出来た事だとか。
笑ったた出来事や、落ち込んだ出来事。
感動した映画や、同調して仕方なかった曲。
美味しく頂いた食事や、忙しさに摂れなかった食事。

なにも考えずにつらつらと。
相槌される度にきゅっと握りかえされる手の温もりだけを意識して 、ぱしゃぱしゃと波を掻き分けて行った。
今この時は長い一生のうちのたった数十分のワンシーン。
そのワンシーンは大きく切り取られた写真のようで。
きっと今後の人生の歩む道を違えても、無意味に頻度多くフラッシュバックされることだろう。
その位の想像が容易くできる程に・・・・幸せで、残酷な時間。



「綺麗、ですね」



残酷な程に。



「綺麗、だね。本当に」



幸せな程に。



水面を照らす人口的なネオンライトと、秋の季節が訪れることを知らせるまん丸な月の光。
対象的で決して交わることのないだろう輝きの中。
互いに恋する二人は同じように交わることなく想いを寄せる。
逢えなかった日々を必死で埋めるも、同じ速度でまた別の寂しさが込み上がる。

その瞬間、一気に暗闇の濃度が増す。
煌々と光を携えていた橋の光が消えたのだ。
それは今日から明日へ変わったことを告げる変化。
蓮とキョーコのささやかな逢瀬の終焉となるには充分すぎるきっけだった。

「日付が変わったね、帰ろう」
「もうそんな時間なんですね!・・・・楽しい時間はあっという間です・・・・」

言ってキョーコは絡み合う手に少しだけ力を入れて、名残惜しげに光の消えてしまった橋から視線を下げる。
蜂蜜のようにとろり、と溶けるような眼差しに絡め取られてしまう。

「楽しかった・・・・?」
「もちろんです!」
「良かった。また・・・・どこか一緒に行こう」
「・・・・はい」

魔法に掛けられたように蓮の思惑通りに答える自分にビックリするが、それだけこの人が醸し出す魅惑のオーラは絶大なんだろうとキョーコは一人納得する。
海風に当てられた身体はじっとりと湿っていて、とても爽やかとは言い難い程になってしまったけれど。
それでも「今」があともう少しだけ続けばいいのに、と後ろ髪を引かれながらもそう思うのは、やっぱり攫われていった心だろう。



くしゅんッ



思わず出てしまったキョーコのくしゃみに二人で目を丸くして。
そこからは速かった。
少しだけ青褪めた顔の蓮に足を洗われ、車に押し込まれて、コンビニで調達した温かいお茶を渡されて。
反抗する間も、息つく暇も与えられないまま、辿り着いたのは下宿先の店先。

(電光石火って・・・・きっとこういうことを言うんだわ・・・・)

深夜と呼ぶに相応しい時間だったが、あの海辺からここまでの道のりはもっと時間が掛かって然るべきだった。
なのに、なのに。
与えられたお茶がぬるくなってしまう前に着くなんて。
運転をしないキョーコでも、無茶をしたのだろうと推測出来る。

「最上さん!今日は連れ回してごめんね。絶対に温かくして寝るんだよ?」
「ちょっと冷えただけですって。心配し過ぎですよ」
「・・・・心配はいくらしたって足りないよ?」
「ありがとう、ございます」

先輩に心配されるような身体ではいけないと、新たに身体を鍛える決意をしていると、羽のように柔らかく髪を撫でられた。

「ちゃんと心配させてね?」
「はい・・・・・」

そんな甘やかすだけの言葉にキョーコの決意は呆気なく崩れ落ちていく。
頬に灯った熱を先ほど飲んだお茶のせいにして、彼女は静かに車を降りていった。
別れる間際の挨拶は必要最低限のもの。
それは先輩と後輩の距離。
超えてはならない一線を会えて確認するように、二人は別れ、それぞれの帰路についく。
キョーコはいつもはあまり使わない裏口から室内に入り、暗闇の中階段をゆったりと上がっていった。
蓮はバックミラーでその姿を確認したのだが、店仕舞い終えたにしても人の気配がない建物に嫌な予感が首をもたげる。
しかしだからと言って戻ってどうこうすることも出来ないことは分かりきっている。
そう言い聞かせ喉元に生まれた不快感を飲み下し、自分の居住地へとハンドルをきった。




帰宅後のメールに朝が訪れても返信がなかった。
それによって蓮の感じた予感は、彼の中で更には大きく育っていった。










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ようやくリクエストの内容に近付いてきたーヽ(=´▽`=)ノ

なのですが、諸事情ありまして明日の更新から三日間お休みしますー!
すみません。(´д`lll)