昨夜と同じような時刻。
蓮は事務所に設えてあるラブミー部の部室を訪れた。
まだここにキョーコが残っていることは椹に確認済みの為、丁寧にノックを繰り返す。



コンコン


・・・・コンコン


・・・・・・・・コンコン



三度目のノックでかちゃり、と開いたドア。
キョトンとするキョーコの顔に思い描いていた最悪の変化を見つけてしまい、蓮は昨夜の行動を後悔する。
平然を装うにはもう限界が近いことを分からない蓮ではなかった。

「敦賀さん・・・・・?」
「熱はいつから?」
「!!・・・・あ、の」
「いつから出たの?」

言い淀む口元に、泳ぐ視線。
悪戯がバレてしまった子供のような仕草を、可愛いと鑑賞している暇はなかった。

「もう一度だけ聞くね。いつから、熱が、出たの?」
「きょうの、あさからです・・・・」

もうどんな言い訳をしても、捕まえられてしまうと感じたキョーコは早々に白旗をあげる。
そうすると彼女は張り詰めていた緊張感がぷつっと途切れた音が耳の奥で木霊したような感覚に陥った。
怠かった。辛かった。しんどかった。
薬を飲んでもなかなか戻らない体調に気だるさを越えて、憤りを感じ得た程にキョーコの心は疲弊していた。

「・・・・昨日の海だね」
「ちがいます、わたしのせい」

発熱を認めた途端にとろりと潤んだ瞳と、上手く回らない舌使い。
この一日で悪化したにしては酷く重い症状だが、元々疲れが溜まっていたところに風邪の菌が入り込んでしまったのだろうことが想像出来る。
大人になる前の成長段階の身体は、ちょっとしたことに敏感に反応する。

「ごめんね、連れ回して」
「だから、だいじょうぶですってば」
「今日はちゃんと送っていくよ」
「・・・・・・・」

無言でふるふると首を振るキョーコに、幼い頃の彼女が重なってしまう。
その面影を見るとぐずぐずに甘やかしてしまいたい気持ちが洪水のように蓮を襲ってくる。
しかしもう彼女は思い出の中の年もはかない少女ではない、と自分に言い聞かせ、キョーコの言い分を聞き出した。

「俺じゃ、駄目?」
「ちがいます」
「じゃぁ、どうして?」
「だるまやまできたら・・・・またつるがさん、しんぱいしちゃう・・・・」

蓮の脳裏に浮かぶのは、昨夜見た人の気配がない下宿先。
もし、本当に誰もいなかったら・・・・?
今の状態の彼女をそんなところに誰が帰すか、と無意識に奥歯をぎりりっと噛みしめる。

「誰も、いないの?」

こくり、と頷く小さな頭部。
右手が何かを伝えようと宙を彷徨っていたので、昨夜に倣いその手をきゅっと掴む。
囁くは、名前の付けられない毒が熱っぽく含まれた言葉。

「俺の家に・・・・おいで?」
「いけ、ません」
「何にもないけど・・・・・俺がいるから」

一人じゃないから、そう言葉を重ねれば、小さな頭部は本当に小さくではあるがもう一度こくりと頷いた。
繋いだ手の先の冷たさと、頬をさす赤味。
ふわふわと雲を歩くような足取りに、一層の庇護浴を掻き立てられながら蓮は後ろ手で部室のドアを閉める。
もちろんそれはキョーコの荷物を取りに、という意味での行動だったが、熱に浮かされた身体が昨日よりも近く。
ふらりと傾いた痩躯を・・・・・思わず抱き締めてしまった。
それはまるで確信犯のような滑らかさ。
こんな状況だというのに蓮の心は、柔らかなそれに、香りの良いそれに、恋焦がれ続けるそれに・・・・攫われる。

「ふふ・・・・つるがてらぴー、ですね?」

蓮の両手がその細いウエストを締め上げていることに構いもせず、ほこほことした笑顔で、蓮のジャケットに顔を埋めるキョーコ。
どちらかというと幼さの勝つ仕草に、蓮は正気に戻された。

「テラピー?じゃぁ、早く治るかな?」
「なおります・・・・だってつるがさんですもの」
「それが本当なら良いね。そしたら早く家に・・・・帰ろう」

正しくは、家に行こう。
それでも浅ましくも帰ろうと言ってしまうのは、長年蓄積された恋心が醜く変形した結果。
黒髮の美女が知ったなら、綺麗な言葉では形容できない辛辣な言葉を浴びせられそうだが、残念な事にここにはいない。


本当の風邪に侵されている最近恋を認めたキョーコと。
常に37.8度の発熱に苦しむかのように恋に侵されている蓮。


カテゴリィの違う熱に侵されながら、二人はゆっくりと蓮のマンションへと向かって行く。
車窓から見える夜空には、昨夜よりも少しだけ形を変えた細くなった月。
その欠けた分だけの思い出が、二人の心にあいた隙間に平等の量、埋め込まれている。
明日もまた細く形を変えるだろう月の欠けた部分は、きっと新たな思い出となって二人に埋め込まれるだろう。

車体は緩やかに、マンションに併設されている地下の駐車場へと滑り込んだ。









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大将と女将さんは田舎のお彼岸で帰省っていう設定。

あれ?この二人は付き合ってないの??・・・と思いながら書いてます。
両片思いって難しい・・・・(´・ω・`)←

もうちょっと続きます。
諸事情により、次回更新は11日0時を予定してます。
見捨てずに、お待ち頂ければ幸いです。

スキビ二次どうでしょう班(←)として、北海道に討ち入ります!!