エントランスから部屋までの距離を長いと思ったことはなかった。
しかし今日はくったりと動きの緩慢なキョーコと連れ合わせることによって、いつもの倍以上の時間と気力を使ってしまった。
それすら厭わず甲斐甲斐しく手取り足取り世話を焼こうとするのは、年中微熱に浮かされたように過ごしているからだろう。
自力歩行を手伝いながら、どうにかこうにか辿り着いた我が家。
いつぞや彼女が骨折した時のように、抱え込んでしまった方が楽なのに。
呼吸の浅く、鉛を含んだようにぎこちなくしか動けない少女は、蓮が行動に移す前に断固として拒否する旨を伝えてきたのだ。
その身投げをも吝かではないと言いそうな決意に押され、手を取り腰を抱き、時間を掛けて上がってきたのだが。

(何を意固地になっているんだか・・・・)

そんな一言と共に、溜息が漏れ出てくる。
ゲストルームのベットに寝かしつけたキョーコの髪を梳けば、苦しむ中でも口角を上げ受け入れられる。
愛玩動物を可愛がるように、ではないけれど・・・・
なかなか止めるには決意がいる行為だった。

自惚れではない確信で、絶対的な好意を感じるようになった。
今までの好意とは、明らかに色の違う感情。
その感情にあてられて毒されて、こちらはもうとっくに発熱状態だというのに・・・・
きっと彼女はその事に気付いていない。
キョーコから発せられるそれを捕まえようとしては、まるで熱が冷めてしまったかのように、いつも通りの行為の色にすり替える彼女。
それをもどかしく思いながら過ごす日々は、BJが終わってからずっと続いていた。
交わりそうで、交わらない好意。
その尻尾を掴もうとしたのが、昨夜だった。
忙しさに殺されそうになった一ヶ月は、それはそれはストイックに過ごしてきたと胸を張って言える。
その反動か、いつも慎重に取っていた距離を超えることが出来た。
頬を撫でて、手を繋いで、言葉を交わして。
逢えない淋しさにあいた隙間を埋めるように、行動を共にした昨夜。
あまりの出来事に浮かれてしまい時間を忘れてしまったのは事実で、キョーコを発熱させたのは自分自身の不手際だった。

「38.5度・・・・ね」

以前自分に使ってくれた氷嚢を用意しながら、着替える前に測ったキョーコの体温を思い出す。
高熱と呼ぶに相応しい体温。
明日、熱が下がらねば病院へ行こうと約束したのだが、蓮は自分のことを棚に上げ、ここまで我慢したキョーコに憤りすら感じてしまう。

「心配させてって、言ったのにね」

愛しているの変わりに囁いたつもりだった。
感じる好意の絶対的な感情すら、自分の受け取りようが間違っていたのかと思わず疑ってしまいそうになる。
頼りにされたいと願う男の想いは、薬が効いてきたのか呼吸が元に戻った少女にきちんと伝わっていなかったようだった。

「心配させてよ。頼ってよ。・・・・頑張るから」

こめかみから首筋へと伝う汗を拭いながら、祈る言葉のように呟いた。
それを叶えることが出来るのは神ではなく、目の前に眠るキョーコだけ。
そんな彼女に届かない程度の声だった筈なのに、熱に浮かされているキョーコは偶然にも蓮の言葉を汲み取った。

「たよって、ますよ?」

うっすらとあいた瞳。
そして弱々しい声を受けて驚きに域を詰まらせたが、そのまま意識を手放したように眠りについたキョーコに思わず呟いてしまう。

「・・・・その一言だけでもっと頑張れるよ」

そのままの意味の言葉。
良いところを見せたいなんて感情は疾うに超えて、欲しい立ち位置は彼女にとって一番近い場所。
伝えたらきっと歪曲されて受け取るだろうその想いは蓮のなかでより一層大きく強くなった。

蓮自身、明日は遅い入り時間の為、ゆっくりとゆっくりと。
キョーコの段々と良くなる体調の変化を見守るようベットサイドの椅子に深く腰掛けた。
夜の帳といえる暗闇は全ての目から二人を隠すようにしんしんとしんしんと色濃く深くなって行く。






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戻りましたーん゚+。*(*´∀`*)*。+゚
一生どうでしょう見ます!!←

そんな中、こちらの二人は佳境に到達しておりますね。