朝はもうすでに訪れていて、断片的な仮眠を取っただけの蓮は氷嚢の中を取り替えるべく手を出した。
氷が溶けて久しいそれは本来の役割を全うすることが出来ない程に温くなっていた。
かちゃん、と外した瞬間に落ちる水滴。
それはそのままのキョーコの顔を伝っていった。
慌てて拭おうとしたその時に、永く深い眠りについていたキョーコの意識が覚醒する。

「つる、がさん・・・・?」
「おはよう、最上さん。起こしちゃってごめんね」

昨夜見た不安材料が顔から消えていることに、風邪が引いたのだと安堵しながら、何度目かになる謝罪を繰り返した。
徐々に瞳に力が戻ってくる変化を見ながら、来るだろう絶叫を覚悟する。
しかし未だ状況を飲み込めていない彼女はまず謎解きから入っていった。

「ここは・・・・」
「俺の家」
「な、ぜ・・・・・」
「最上さんが風邪引いたのは俺の責任だから」

ぐるぐるとここにいる理由を見つけ出そうとするも、明確なものが見つからなくて思考の小部屋を行ったり来たりするキョーコ。
その普段通りの顔にやはり大きく安堵して、蓮はベットに身を乗り出した。

「帰る家に誰もいないのは寂しいでしょう?
だから、連れてきたんだよ」
「・・・・・そういうの、未成年略取っていうんですよ」

いつも通りの軽口なのに、いつもと違って見えるのは。
俯き加減で頬を染め、瞳を潤ませた姿を目の当たりにしているからだろう。
一昨日の夜に蓮が捕まえたかった、好意の尻尾。
それを逃すようでは、次のチャンスも与えられない。

「酷いな、看病したのに」
「頼んで、ませんもん」
「好きでしたから良いんだけどね・・・・」

好意が交わらないようキョーコが逃げるように会話をしても、それを許さないというように絡め取られる彼女の両手。
指と指が融合してしまうんじゃないかと思うほど絡み合って、そして視線が絡み合った。
引いた熱が再度暴発するようにキョーコの身体を駆け巡る。

「調子はどう?」
「風邪は、もう大丈夫そうです」
「良かった」
「ありがとうございます」

柔らかなベットに清潔な寝具、そして何より・・・・寝ずに一緒にいてくれたのかと思うと・・・・
申し訳ないというよりも、醜いとさえ切り捨てた恋心が歓喜の歌を歌う。
震える心を隠すようにきゅっと蓮の手を握り返すと、蕩けてしまいそうな優しさを湛える瞳に囚われる。
追い詰められたのは、キョーコ。
しかしながら、彼女自身がもう既に蓮を追い詰めていた。
交わらない感情が、瞬間・・・・・重なり合う。

「最上さんが心配だよ」
「・・・・え?すいません!!」
「いや、そういう意味じゃなくてね」

残念な後輩だと突き付けられた感じたキョーコの顔色が一気に青褪め。
それをやんわりと否定して。

「俺が引いてる風邪移しちゃいそう」
「敦賀さんも風邪を召されてるんですか!?」
「ちょっと重症なんだけどね。どうもなかなか治らなくて」
「そしたら!!今度は私が看病します!!私、風邪が移らないようにしますから!だから」

看病させて下さい、と続けられるはずの言葉は掠めるような蓮の唇によって消失された。
なにかが、触れた。
そのくらいにしかお互いが感じ取ることの出来なかった感触。
それは蓮にとっても、キョーコにとっても、衝撃的な感触だった。

「最上さんが一番近くにいてくれたら、すぐに治るよ」
「なんの、じょうだん・・・・ですか?」
「いい加減認めてよ。俺は君に恋してる」
「・・・・・」
「いつも熱に浮かされるのは苦しいから」


だから、俺を受け入れて。


合わせる唇に溶けるように囁いた言葉。
それはすんなりとそれが正解であるように、唇と共に受け入れられた。
ただただ、重なり合うだけのお互いの唇。
柔らかく柔らかく、今まで交わらなかった積年の想いを数えるように。
離れては触れて、また離れては触れる。

「受け入れてくれてありがとう」
「なにかの冗談だったり、遊びだとしたら・・・・・」

そんなことはないと否定の言葉を掛けることすら、その可愛らしく潤む上目使いのまえでは忘れてしまいそうになる。
そして常に斜め上の発想をする彼女の言い分を聞いてみたいと思うのは、頭の回転の早いキョーコとぼ会話が好きだから。

「・・・・・一生取り憑いてやるんですから」
「いつでもおいで?」
「嘘じゃないですよ!」
「もちろん!一生傍にいてくれるってことだろう」
「ちが・・・・ッ!?もう!知りません!!!」

キョーコは風邪の症状ではない赤ら顔で、ばふん!と大きな音を立てながら布団を頭から被ってしまった。
反対からちょこんと出てる小さな足先を突くと、威嚇するよう可愛らしく蠢いた。

「時間はまだあるけど、シャワー使いたかったら使ってね?」
「・・・・・はい」
「俺はリビングにいるから、なにかあったら呼んで?」
「・・・・・はい」

小さな足に別れを告げて出ていこうとした時、布団を被る少女から声を掛けられた。

「敦賀さんの風邪は、治りそうですか?」
「ずっとこのままかも。でも、君がいないと死にそうになる」

最上 キョーコという女性を想っての高揚感や絶望感はいつでもついてまわるだろう。
それこそ、熱に浮かれてたように。
それでも彼女のすぐ傍で生きてもいいと了承されたら、少しは楽になると思うのだ。
そんなことを思ってると、布団をはだけて髪を乱したキョーコが現れた。
いつにない真剣な顔にからかいの言葉は掛けれない。

「私も、その風邪・・・・引いてるかもしれません」
「・・・・そう。辛いよね?」
「はい、本当に・・・・辛いです」

きっ、と睨まれるような目線すら愛おしい。
そんなことを真っ白な思考のはしで考えながら蓮はキョーコを抱き締めた。
そこから生まれてくるのは今まで心の奥底にしまいこんでいた、愛の言葉。
病み上がりのキョーコの配慮しながらも、同じ病を発症した二人は求め合う。
交わらない想いがようやく触れ合った歓喜に、二人は酔いしれる。




その後二人の病状は悪化の一途を辿って行ったことは、言うまでもない。










END☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*






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お付き合いありがとうございましたヽ(=´▽`=)ノ
後書き的なものを明日18:00に更新します!