春の日差しのような敦賀 蓮。
そう称えられているのは本当に目の前の男性なのでしょうか?
私が今まで彼と認識してきた微笑みは存在しなく、ひたすらに蕩けるがごとく微笑みを携えていました。

「つる、が、さん・・・・」
「ん?おはよう」
「おは、ようござい、ます」

どう切り出していいのか分からないくらい質問はたくさんあって。
息をする度に胃の中から分解されていないアルコールの匂いが鼻につき、纏まるべく動こうとする思考を霧散させます。

「どこまで、覚えてる?」
「え?」

ぶくぶくと泡でも吹き出しそうになる私に、一つ溜息を吐いた敦賀さんは私の頬に置いた手を外し、苦虫を潰したような顔で問いかけます。
きっと彼の記憶は宇宙船に連れ去られることなく・・・・
しっかりばっちりその脳内にあるだろうことが伺えました。

私が最後に覚えてる記憶。
それは何杯目かのジンジャーハイボールを飲んで・・・・・
なにかに躓いたところ、まで。
たしかその「なにか」は・・・・

「俺に倒れてきたとこはさすがに覚えてる?」

そう、彼を囲む女性たちの手荷物だった気がする。
人が通るだろう通路に所狭しと置かれたバックを遠巻きに危ないなぁと思って、案の定トイレに行こうとした時にまんまと躓き、そのまま受け身を取ることなく転倒した。
そこで、ブラックアウト。

「もしかして、それも覚えていない?」
「いえ!そこまでしか覚えていませんが・・・・」
「・・・・・・・・・・そう」

敦賀さんはないかに落胆したように、力無く呟いた。
こちらとしては、是非とも私が落ち込みたい。
男性経験のない私が、部門一のエースと、二人で、布団にくるまれているのだ。

(これを事件と言わずなにを事件というの・・・・・・覚えてない自分がアホ過ぎて大声も出ないわ・・・・・・・)

実際には昨夜のお酒の力で虚脱感に襲われているというのが正しい。
神様にお願いして内臓を取り替えて欲しくなるほどの気持ち悪さは、私から色々な感情と正しい判断力を奪っていった。
何故なら少し先の話だが、事ある毎に叫んでいたら、一番最初の朝はよく大声出さなかったね、と敦賀さんに少し呆れ顔で言われることになる。

こんなことがモー子さんに知られたら、ぜったいに、ぜぇったいに、怒られる。
決して貞操観念がないわけではないが私が今、一番気にしていることはそれだった。
もう白馬の王子様を信じている年頃でもないし、赤ちゃんはキャベツ畑から生まれてくるのではないというのも知っている。
まして子作り以外での、カラダノオツキアイだって、知識としてだけではあるがそれなりに持っている、と思う。
一生を一人で過ごす気もないが、高校の頃の苦い思い出が邪魔をして、今の今まで男性に対して積極的にはなれなかった。
それこそ高校時代の思い出には、人生において「愛」だの「恋」だのの必要のなさを早い段階で気付かせてくれた。
感謝状だって贈ってやりたいくらいだ。
そんなことを思っている時点で、当面私に交際関係に発展する異性が出来るはずがないと、散々友人たちからは言われていた。

(ああ・・・・もしかしたら後腐れなく初めてが経験出来て良かったじゃない、とか言いそう・・・・・)

そんなことはないとは思いたいが、黒髮をなびかせる美人の友人は至ってクールだ。
起きてしまったことに対してただ怒るだけ、というのは、彼女の性格からして考えにくい。
もう一人の毒舌な友人と同調して、ドライ過ぎる程呆気なくポジティブに考え出すかもしれない。
少しは自分のために怒って欲しいかな・・・・と、どう今の状態を顔女らに説明するかを考えていた時。
私の反応のなさに業を煮やした敦賀さんが何度目かの溜息と共に声を掛けてきた。

「最上さん。考え込んでるとこ悪いんだけど、少し話そう?」
「あ、はい。すみません」

じゃぁ、佇まいを直そうと、敦賀さんが布団から出た時に少しほっとした。
それは、彼が下着を履いていたから。
そして自分の下肢に意識を向けると心もとないがレースの締め付けを感じことができた。
きっと酔った私を連れて帰った敦賀さんに吐いたりなんかしたんだろう。
仕方なく衣類を脱いで洗濯を待つ間に、そのまま寝落ちしてしまったに違いない。
きっとそう。きっとそう。
心の中で少々無理のある設定を呪文のように繰り返しながら、私が着替えやすいよう背を向けいてくれた敦賀さんと向き合った。
ローテーブル越しに見る彼は起き抜けの気怠そうな雰囲気はあるが、私のようにお酒が残っている感じは見受けられない。
自分の肝臓を恨むわけではないけれど、彼のように焼酎をいくら飲んでも動じないくらいの強さが欲しいと思ってしまう。
今後ジンジャーハイボールには気を付けるように、心のノートに刻み付ける。
自分の貞操が守られただろうとあたりを付けた私が求めるものはただ一つ。

(お水が飲みたい・・・・・)

何故だか凄く真剣な顔の敦賀さんに「お水飲みたくないですか?」と聞くのも憚れてしまって、羨むように彼の奥にあるキッチンを見てしまう。
カラカラの口に水を含んで燕下する。
考えただけで、ごくり、と喉がなってしまいそうだ。

「最上さん、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」

この声を掛けられたタイミングを逃がしてはならないと、水を飲もうと提案しようとした時に・・・・・・








「一応ね。君と俺は、昨日からお付き合いしてるんだよ?」








投じられた事実を受け、1DKの我が家に響いたのは・・・・私の悲鳴。
それは口の中はカラカラだったのに、こんなにも声が出せるものだと我ながら感心してしまうくらいの音量だった。












******
二日酔いの朝ってなにも考えたくないし、考えられない。
地球が滅亡するよ!って言われても、「ふーん・・・・・」って感じだもの。
お昼過ぎくらいにお腹が空いた!!って思うまでは、文字通りひたすら屍。←地球の滅亡よりも自分の空腹のほうが大事っていうねw