投機は、社会に何をもたらしてきたのか | 佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

変わらぬ理念の実現を目指し、しくみを修正する。
実態に合わなくなった諸制度を見直し、日本国を良くすることを目指す、政治ブログです。

 『投機』、もともとは、禅宗の言葉で、「師と弟子の心の働き(=機)がひとつになり、悟りを開くこと」だそうである。日本が近代国家への道を歩み始めた明治時代には、ヨーロッパ言語の様々な専門用語を、日本語でどう表すべきか頭をしぼり、多くの訳語が生まれた。『投機』は、『speculation』(利ざやを稼ぐこと)の訳語でもある。

 値動きが激しいものを、安い時に買いを、高い時に売る。たとえば、有価証券、土地、コモディティ商品、絵画などなど。後日、高く売れることを夢見て、購入する。高配当で、経営理念もすばらし会社の株主になりたくて、その会社の株式を買うわけではない。原油を利用して何かを製造するために、原油を買うわけではない。

 投機を行っている人は、「たとえば、先物市場には激しい値動きによるリスクを低減させる役割がある」と言う。マッチポンプである。自由な、つまり、不安定な値動きを認めておいて、同時に、不安定な値動きによるリスクを回避するためのしくみ、先物取引を、導入する。

 「まったく原油の実需はないけどお金はたくさん持ってるよ」という人が、原油を大量に売り買いすることを認めておいて、同時に、先物取引のしくみを導入し、「投機にも、ちゃんと社会的な意義がある」とおっしゃる。腑に落ちないのは、私だけでしょうか。

 ちなみに、マッチポンプとは、「自らマッチで火をつけて、その火を、自らポンプで消すこと」です。でもって、「このポンプにも、ちゃんと社会的な意義がある」と言われても、困るんだけど・・・。