「相葉、お前もう帰れ」
アップをしている途中で松本先輩にそう声をかけられて、びっくりして動きを止めた。
「え?」
「『え?』じゃねぇよ。朝練の時もだったけどさ.......具合悪いんならとっとと帰って寝ろ。で、さっさと治してから練習に来い」
「え、いや.......具合悪くなんてないです、けど.......」
「嘘つけ。ずっとぼーっとしてんぞ。そんなんじゃ怪我するから、今日はマジで帰れ」
ぎろり、と睨まれて『はい』って返事をするしかなくてゆっくりと立ち上がる。
ぼーっとしてる心当たりなんて、ひとつしかないけど。
昼休みに かずと話して、少しスッキリしたと思ったのにやっぱりなんだか落ち着かなくて.......
無意識におでこに手を当てた俺を見て『熱あんのか?』って、松本先輩が俺の手を取って、反対側の手を俺のおでこに当てた。
いやこれ、女子だったら完全に恋に落ちるパターンでしょ?
こんなイケメンにそんなことされちゃったらさ?
近くに見える長いまつ毛に縁どられた松本先輩の目にどきんとした。
けど、やっぱりその『どきん』は櫻井先輩のとは違う『どきん』で.......
って、俺、なんの分析してんの?
「.......なっ.......ない!ないないない!ないですっっっ!!!!」
慌てて松本先輩の手を払い除けて飛び退る。
「いや.......お前、本当に大丈夫?顔赤いけど.......」
「大丈夫っす!あの、お先に失礼します!」
ぶんって頭を下げてから、急いで部室棟に向かって歩く。
ほんとに、どうしちゃったんだろ、俺。
高校でリア充デビューのはずが、まさかの男子校で、先輩にドキドキするとか.......まさかまさかの『びーえる』デビューになるとかありえないし!
そうなんだよ!だから、櫻井先輩のことだって、きっとなんかの間違いなんだよ!
『覚悟してろよ』とか言われておでこにチューとかされちゃったから、勘違いしただけで!
先輩だってきっと、俺のことからかって遊んでるだけだし!
「櫻井先輩が変な事言うからだよ、うん」
男どうしとかそんなこと考えたこともないのに、あんなこと言われたから、なんか気になっちゃって色々考えちゃっただけで.......
きっと、先輩はそんな俺を見て楽しんでるんだ。
「だから、やっぱり全部、櫻井先輩のせいってことだよね?」
先輩に遊ばれてるだけって、気がつけてよかったじゃん、俺。
って、そう思うのに、今度はなんだか胸がチクチク痛くなって悲しくなる。
「.......なにが誰のせいだって?」
部室のドアを開けようとしたところで聞こえた、低い声に足を止めた。
.......これはやばいぞって、直感でわかる。
俺.......心の声、漏れちゃってた?
「.......あの.......」
ゆっくりと振り向こうとしたら、櫻井先輩の左手が俺の顔のすぐ右横を通って壁をバンって鳴らす。
もしかしてもしかしなくても、『壁ドン』ってやつですか、コレ。
ってか、櫻井先輩の後ろに黒いオーラが見える気がするから、そんな呑気なこと言ってる場合じゃなさそうだけど。
「お前は俺のもんだからな?」
「へ?」
「なんで潤に触られてんだよ」
至近距離でぎろりと睨まれて、声が出ない。
「.......あの.......それはどういう.......」
お前は俺のもんだとか、なんで他のやつに触られてるんだよ、とか、とか.......そんなのドラマでも聞いたことないようなセリフなんだけど.......
言う相手、絶対間違ってると思うんだけど。
「帰るんだろ、早く着替えて来いよ」
「は、はいっっ!すみませんっっっ!!!」
先輩にぎろりと睨まれて思わず謝っちゃったけど、なんで俺が謝んなきゃいけないんだよ!って心の中で叫んで部室の中に駆け込んだ。