深夜3時半。体中が重い。めまいのような頭重感がある。さっさと寝ればいいのに。小腹が空いて、お盆に帰省した時にお婆ちゃんが持たせてくれたインスタントのお味噌汁にお湯を注ぎ、昨日の残っていた冷たいご飯を入れた。

「いいよ、荷物になるから。」と言って、1回は断ったあのお味噌汁セットだ。お婆ちゃんや両親は、帰省する度に色々、お菓子に果物、塩辛やら漬物やら石鹸やシャンプーまで、何から何まで持たせて帰ろうとするのだが、その度に私は、6/10ぐらいの割合で断る。だって、本当に重いのだ。あれをすべて持って帰るとなれば、確実にスーツケースがもう1つは要る。必ずお米何合かが入っているため、それ以外の恵みについては、せっかくだが、申し訳ないけれど、半分以上の割合で丁重に断らざるを得ない。おまけに母親に至っては、洋服や靴、化粧品にまつ毛美容液まで入れ込もうとする。私が心無いのではなく、そもそも与えられる量が半端じゃなく多いのだ。

そうしたお婆ちゃんや両親と私のやり取りを勝ち抜いたのが、このお味噌汁だ。ビニール袋に入っていたからコンパクトに収納できたし、何より軽い。ただそれだけ。普段、私は、家でほとんどインスタントのお味噌汁なんて作らない(お味噌汁は、茄子とかジャガイモとか玉葱とかたっぷり入れて、自分で味を付けて作るのが好きだ)から、これもあまり持って帰るのに気は進まなかったが、まぁ平日物凄く忙しくしている私や家族にとって、インスタントだしいざというとき役に立つだろうと思いしぶしぶ承諾した。そうしたらなんと、こんなに早く、しかも確実に助けられることになるとは、全く思っていなかった。

ふぅ。お味噌汁を飲み干して、溜息をついた。沁みる。

しばらく、暗い闇の中に閉じ込められている毎日が続いている。1日、2日ではない。ちょっとやそっとでは、なかなか抜け出せそうにない。

閉じ込められる。すばらしく、この表現がピッタリだ。どこにも行けない。息苦しい。誰も、私が閉じ込められていることに気付かない。どこに出口への隠し扉があるのかわからない。自分でそれを見付けるべきなんだろうけど、何となく見えている幾つかある扉のうち、どこから出ればいいのか、決めることが出来ない。

何というか、行き止まりとはこのことだ。

もうこうして、かれこれ1年以上、ここに留まっている。同じところをぐるぐるぐるぐる。同じところなのかどうかも、もうわからない。果ての無い世界。荒野。どこにも道がない。自分で道を付けるべきなのだが、どっちに行っていいのかわからない。

こんなことってある?

苦しいときは、誰かに助けてほしいと思う。そうすると、自然に、過去私が助けられたときの温かい記憶がふと蘇った。オレンジ色のシェードランプに照らされたような光が後ろから射していて、そこに映し出されたのは、過去、私の危機を救ってくれた女性達だった。

数としてそんなに多くはないが、それは私があまり人に頼れなかったからということにも起因していると思うが、そんな数よりも、いざ驚いたのは、いつも私を助けてくれたのは、ほぼ9割程度何故か女性だったということだった。

母親はもちろんだが、家出したときに隠れていた近くの学校まで見つけにきてくれた幼稚園からの旧友Kも、手痛い失恋をして10㎏痩せたときに傍で見守ってくれたTやYも、就職に向けて心折れそうだったときに温かく励ましてくれた親友Tも、ひどい職場環境にめげそうになったときにアドバイスをくれたり時には厳しい指導をしてくれたりした上司Tも、こんな真っ暗な場所に1人閉じ込められているときに遠く離れた高松からメッセージをくれる妹も、そしてこんな危機のときにちゃーんと生きるお味噌汁を持たせてくれたお婆ちゃんも。

すごいな、女の人って。世界は女性が救うよ、これは。結構な割合で、本気で、そう思う。

男の人で私を助けてくれた人も、3人はいた。父と、今の「旦那さん」という立場の男の人と、職場の他課の先輩Oさんだ。

でも今はどうだ。何というか。どこに行っていいかわからない。誰にも助けてもらえない。

でも、これだけは確かだ。

「人は、生きたいように生きられる。」

常日頃、私は自由じゃなきゃ嫌、といろんな人に言っている。その癖、いざ自由となると、不安になるのだ。本当にその生き方が正しいのか、自分でまだ自信を持てないのだろう。

正しいって何?

自分にとって幸せか。そして、周りの皆が幸せか。私は、正しい生き方は、この2つの条件がクリアされたときに達成されるものだと思う。

この2つが両立するのであれば、それは正しいことだ、と今のところは思う。もしその2つが両立しないのであれば、何としても両立するようにしなければならない。

その両立を、どのような方法によって達成するか。

その答えを、今、自分で見付けて、自分で掴み取る。それが今の私の、やるべきことなんだと思う。