地下鉄に乗った。空いていたのは優先席だったが、周りにお年寄りや身重の方がいないか見回して、いなさそうだったので、座った。さっき終えたばかりの仕事で疲れていた。運動のために立っていることも考えたが、1時間後に控えている別の仕事を考えて、座ることにした。少しでも、休息が必要だ。今の私には。

 

すると、隣に座っていた年輩の女性からと思うが、懐かしい、粉おしろいのような匂いが漂ってきた。七五三のための着物をしまっている桐だんすに入っている匂い袋のような、あの、上品な匂いである。

 

粉っぽいが、弾ける檸檬のような香りもするその匂いを、私は、思いっきり吸い込んだ。自然に深呼吸になる。すると、実家のおばあちゃんを、思い出した。今年、80歳になる。来月、実家の香川から、東京へ遊びに来るそうだ。私が東京に住んで11年が経つが、こんなことは初めてだ。今年の夏はお盆に帰省しなかったからか。それか、次のお正月も帰らないと決めている私の心を見透かされたか。父親も、一緒に来るそうだ。その日は、絶対に休みをとろう。あとどれだけの時間を、おばあちゃんと過ごせるか、わからない。いや、正確に言うなら、大体わかる。

 

電車がオフィスの最寄り駅に滑り込んだ。さて、と。夢を追いかけて、あとひと踏ん張りしますか。