肥田舜太郎さんの遺言 | ブロッギン・エッセイ~自由への散策~

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド,ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば,水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬編『証言 水俣病』)


訃報:肥田舜太郎さん100歳=広島原爆で被爆の医師 - 毎日新聞

 前回の続きで保守派の本(佐伯啓思の『経済学の犯罪』)の書評でも書こうと思ったのだが,肥田舜太郎さん死去のニュースが入ってきて,そんな心境でもなくなった。

 肥田さんは,自らの被爆体験を原点に被爆者医療に生涯をかけ,また核廃絶を訴えた医師として知られる。特に低線量放射線の影響や内部被曝の恐ろしさを世界に発信し続けてきたことの意義は,いくら強調してもし過ぎることはないと思う。もし肥田さんがいなかったら,内部被曝の実相がここまで明らかにされていたかどうか,訝しく思う。私も内部被曝について肥田さんから多くを学んだ。

 数年前に読んだジャーナリスト鎌仲ひとみさんとの共著『内部被曝の脅威』(ちくま新書)の中の肥田さんの執筆箇所を今,読み返している。

 本書を読んでショッキングだったのは,アメリカは原爆製造の初めから各種の人体実験を行い,内部被曝の危険性を充分に把握していたという事実。原爆による内部被曝は初めから織り込み済みだったのである。内部被曝による被害を予見できていながら,アメリカは日本に対して原爆被害の調査・研究を禁止し,被ばく者に「口封じ」を命じた。そのことによって,日本の被ばく治療は遅れ,また核(原子力)エネルギーに対する人々の認識も,危機意識の低い歪められたものになった。つまり,敗戦後,占領軍当局によって行われた被ばく者医療への圧政は,取り返しのつかない事態を招いたのである。

 アイリーン・ウェルサム著『プルトニウムファイル』は,原爆投下の四カ月前,プルトニウムを人体に注射する人体実験がアメリカで行われていたことを暴いている・・・。内部被曝のメカニズムは動物ではなく,まさに人体でやってみなければ最終的には分からないからである。
 内部被曝による放射線障害は原爆使用者側にはその経験から既定の事実であった。にもかかわらず,アメリカが被ばく者に厳しい緘口令まで敷いて原爆被害の実相を世界に対して隠蔽したのは,ソ連に対して核兵器の秘密を守るためというよりは,低線量放射線による内部被曝の恐怖を「知っていたが故の隠蔽」だったに違いないと私は思っている。

 (本書p.84)


 肥田さんのような発信力も行動力もある人が亡くなったことで,内部被曝について人々の関心や危機感がますます薄れていくのを恐れる。すでに政府と電力会社によるプロパガンダや避難区域解除などによって原発事故の「風化」が進む。そんな「風化」には徹底して抗い,内部被曝の問題に向き合っていかねば,と肥田さんの文章を読みながら強く思う。下の文のように,本書で肥田さんは,内部被曝の脅威を伝える言葉を持っていなかったことを自戒している。このことは今,医師だけでなく私たち市民も自らの戒めとしなければならないだろう。内部被曝について伝える言葉をもっと持たねばいけないと...

 威力の大きな爆弾としての原爆の被害は理解するけれど,内部被曝がゆっくりと人を殺すことを確信できる医師はほとんどいません。彼らの尺度は現在の医学であり,それが内部被曝の脅威を認めないかぎり,彼らはその線を離れられないのです。ただ,私がもっと言葉を持っていたら,周りをもっと巻き込めたはずですから,被ばくについて無関心な医者が多いのは私の責任でもあるのです。(本書p.191)



内部被曝の脅威 ちくま新書(541)/筑摩書房

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