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祖母と母と日舞

連休の最後の2日間、神楽坂で日舞のワークショップに参加し、感想アンケートを書くことになった。

 

新宿、原宿、赤羽を経て神楽坂を歩くと人が少ないことを体感

アンケートではあるが、「日舞と私」というテーマで作文を書くようなものでもあった。

私が書いたのは…

実家が料亭の祖母は三味線や日舞などをかなり習っていたらしい。
それにともない、着物、髪結いなどにもうるさかった。

長女である私の母も日舞を習っていた話は聞くし、確か古い写真では見たことがあるはずだ。

 

外国人観光客もなく、大人の街なのがいいね

そんな系譜なのに、母はなぜ娘三人に日舞を習わせなかったのか。

理由は大きく3つ考えられる。

<1>母自身好きではなかった
イヤイヤやらされていたとしたら、”我が子だけにはさせたくない”と考えたかもしれない。

<2>近所に師匠がいなかった
育った町内から三味線の音など聞こえていた記憶がない。
打越町には踊りのお師匠さんなどいなかったに違いない。

<3>習い事などをさせる余裕がなかった
母は学校の先生で、究極の職住接近の貸家に住んでいたが、フルタイムで先生として働いて、子どもが3人いたら、習い事に連れていく時間など皆無だ。

 

坂下の「くるみ」は広島弁で商売されている

きっと決定打は<3>だろうな。

でも、長女は還暦すぎてから、”自分の意思で”日舞を習ってみたいと考えたのだから、もはやこれは血筋なのだろう。

そして今突然思い出したが、父方の祖父も日本髪のカツラと黒い着物を所有しており、黒田節やら腹踊り、金色夜叉(お芝居)などを披露していた。

 

こちらは完全インバウンド向けのメニューと内装

祖母と母の日舞は1秒も見たことはないが、祖父の踊りは8ミリで見たことがある。

祖父母たちが孫の私に将来どうなってほしいと思ったかはわからないが、グレてもいないし、まあそこそこ希望の方向に進んだのではないだろうか。


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