今日は備陽史探訪の会の踏査会にお邪魔することになっております。
美作経由で備中新見へ
勝山の高田城へチョイ寄り
石垣造りの虎口が発掘されたようです。
その後新見へ
楪(ゆずりは)城は新見市の北にある山城で備中兵乱における三村氏・毛利氏の重要な城であったといいます。
備陽史探訪の会では幾度かに分けて備中兵乱に関連した城を踏査していたらしく、今回もその一環であったようです。
講師は岡山の たかまるサン。
因みに楪城の名は城域に楪(譲り葉)↑が多くあったためで、史料等の呼称は新見要害というのが正しいようです。
上写真にある赤い葉はモミジのなかでも春から赤い「ノムラ」という種類ということ。
あと城内にはシャガも多く、もう少ししたらもっと綺麗になるでしょうね。
備陽史探訪の会の中世支部会長は庭の専門家ですので教えていただけます。
実はここはずっと行きたかったのですが、なかなか行けずにいました。
クルマを停めた場所から主郭まではさほどでもなかったのですが、そこから三ノ丸という南端まで1㎞下ると、折り返し主郭まで登らなければいけなかったのです。
それも皆さんと行くことで苦にならず、たいへん楽しい踏査となりました。
一人だと疲れは倍増したことでしょうね。