冬は去り、春…。

花が咲いたら、見に行こうという約束は果たせないまま
桜はもう散ってしまった。
冷たい雨に花びらを落とされた木は元気がないように見える。
どことなく、今の自分のようだ。

日差しのある日中は暖かく
その陽気で汗ばむ程だが
夜になると冷たい風が吹き
緩みかけた気持ちが、また塞ぐのを感じる。
携帯のcallの度にザワついていた心も
今は落ち着いている…そう…とても。

守りたくて…。
離れることを選んだ俺を
君はどう思っているのだろう。
もともと時間の合わない2人だったけれど
少しずつ距離をとって、今は電話にも…でない俺。
何の説明もしないまま
好きな気持ちはそのままで

出ないけれど携帯が呼んでくれるのを待っている。
呼び出し音が鳴っている時だけは
今でも繋がっている気がして…。
その時は彼女も俺のことを考えてくれているだろうから。

こんな俺を友達はバカだと笑うのだろう。
好きなら素直になればいいのにと
簡単ことだと言って…。

初めて君と会ったのは
寒くて冷たい雨の日だったね。
手袋を忘れてきたことをとても後悔しながら。
小さなカフェに入って
煙草に火を点けようとしたけれど
手が悴んでいてうまく出来なかった。


「たばこなんかより、ココアの方がいいんじゃないかな?
コーンスープもお勧めだけど…」
入り口に一番近いテーブルに両肘をついて
無愛想に言ってくる…人影。
カフェでコーンスープがお勧めだなんて変わってるな
と思いながら
「じゃぁ、それで」
と注文したら
「っと、あたし…お客なんだけど」
と軽やかに笑い始める。
さっきまでのむすっとした彼女とは別人のような
柔らかな笑顔と、楽しそうな声に
警戒心が解け、つられて笑ってしまう。

どうして勘違いしたんだろう。
制服でも、エプロン姿でもなく
どうみても客にしか見えない…のに

「マスター、そこの彼、コーンスープだって」
と店の奥に声をかけて、席を立った彼女は
俺のテーブルの横を、すり抜けざまに
持っていたピンクのミトンをそっと差し出して
「あたしより、必要みたいだから」
と店を出てゆこうとしている。
「でも…」
「いいの、いいの~、使い終わったらマスターに預けといてくれたらいいから」
彼女が開けたドアから冷たい風が入り込んできて
寒いと思った瞬間
「おまちどうさま」
とスープが運ばれてきた。
白いスープボウルを両手でつつんで
かじかんだ手を温めてから。
木製のスプーンでゆっくりと口に運ぶと。
やわらかな甘さと、やさしい味が広がって
幸せな気持ちになる。

身体中に温かさが浸透してゆくのを感じながら
彼女のことを考えた。
このスープと彼女はなんだか似ている。
ほのかに甘くやさしいところが…かな?

冷え切った身体も
秒刻みのスケージュールで苛立っていた心も
少しずつほぐれてゆくのがわかる。
テーブルに残されたミトンに視線を落として。
微笑んでいる自分に驚きながら。

また逢えるとしたら
偶然じゃないかもしれないな…

と、そう思った。