ホテルの入り口に止まる車
『家に帰る』と伝えていたはずなのに…。

ここでジヨンが降りて、その後送ってもらえるのかな?
と期待して彼を見つめていると、少し困った顔をして
「えっと、地下駐車場まで回してくれる?」
と運転手に指示している。
あたしは慌てて
「今日は家に帰るつもりなんですけど、時間も遅くなっちゃうし」
って言ったのに…ちゃんと言ったのに。
「帰すはずないでしょ?時間だってあるし」
と顔を近づけてきて
「それに俺、まだなにも…してない。」
とあたしの顎に手をかけ親指で唇をゆっくりとなぞる。
その残った感覚の上にそっとキスを落としてきて
何も考えられないのに。
「早く部屋に行こ~。」
と満面の笑顔で言うのは止めてください。
頷いてしまいたくなるでしょ?

「やだよ、今日は帰るもん」
って涙が出そうになる。
声だって自分でもわかるくらい震えてるのに
酔っている彼は、あたしが駄々をこねてるんだと勘違いしているらしい
「我侭言っていいよw今日は特別~、あいかのして欲しい事ひとつだけ叶えてあげましょ~ぅ。ハイ車降りて~」
ってニコニコしてる。
酔うと頬が赤くなるんだよね
潤んだ目をしてる。
「酔ってるでしょ?」
と聞くと
「あいかは酔ってないの??」
と聞き返される。
酔いなんてもうとっくに醒めている。

「ん~?でも大丈夫だよ、部屋にはビールもシャンパンもあるからね」
と自慢げな彼。
今日はもう、飲むつもりはないけれど
要らないとは言えなかった。
『珍しいな、どうして?』
と聞かれて答える自信がないから。

ドアの前で立ち止まるあたしの正面に回りこんできて。
カードキーを差し込むと、ゆっくりと振り返り
後ろ手でドアを開けている。
すこし屈むような姿勢で下から覗き込むように
こっちを見てる。
見られてるって思うだけで
胸が痛くなる
緊張と恋しさと切なさが一気に溢れてきて
複雑な痛み…。

「さあ、こちらへwww」
と執事のように右手を胸に当て深々と頭を下げている彼に促されるまま。
部屋に足を踏み入れた。

間接照明だけの薄暗い部屋
穏やかな香りが微かに漂っている。
「いい香りでしょ?スンリが持ってきたアロマキャンドルw」
彼はそういってソファーに深々と座り
つないでいる手を軽く引く。
あたしは倒れこみ、彼に身を寄せるように腰をかける。
彼の煙草の残り香とアロマとが混じりあって
懐かしい香りがする。

とても、心が落ち着く

そう長くはないあたしの髪を彼はつまんで、クルクルと指に巻きつけ遊んでいる。
その指が髪から耳、首筋からうなじへと伝ってきて、そして
微笑を浮かべた唇が…近づいて来る。
あ、またキスされる???と思った瞬間
楽しそうに耳たぶを噛みながら
「俺、水取ってくる、あいかは何がいい???」
って。

なんだコレ、ものすごく可愛い。
こんな気持ちになっちゃ、ダメなのに。
ほんと可愛い…どうしよう。

「っあ、あぁ~~、あたしも水でいいよ」

焦って声が裏返りそうになるのを、必死に抑えて
「お酒じゃなくいいの?珍しいw」
と笑われてる。

逢うと流されてしまう、それが解っていたのに
こんな所まで来てるあたしって
本当にバカだ。

こんなにも好きにならなければ
満足できただろうに。
今の関係でもきっと、幸せだと思えたはず。

たくさんいる彼女の、その内の1人という役割でも…。