ペットボトルを手渡してくれれば良いのに
わざわざ部屋置きのグラスになみなみと注いで持ってきてくれる。
「こんなことしなくても良いのに」
というと
「唇に触れる部分が繊細なら、繊細な味がするんだって」
と微笑んでる。
「俺もこの方が美味しいし」
とあたしに渡す前に味見している。
あたしは、受け取ったグラスの水を
勢いよく飲み干して
「お代わり」
って少し我侭言ってみる。…なのに
「美味しいでしょ?」
ってすぐにお水を用意してくれて…。

彼がどこまで酔っているかは解らないけど
あたしの酔いは完全に醒めていて。
酔ってる彼がそのまま寝てしまって。
その間に帰れるんだろうと
漠然と思っていた。

「おいでよ」
とソファーに連れられて
彼の隣に座った。
いつも以上に警戒している…そんなあたしの様子を
彼が見逃すはずもなく。
試すように、やさしく、そしてとても自然に
唇を合わせてくる。
暖かくてとても柔らかい
飲み込まれそうになっているけれど
流される訳にはいかないと
本能で反応してしまい
「待って」
と細い声で彼の体を押し留めた。
そんなあたしの態度に
「何かあったの?」
と聞いてくれるけど、慌てて
「なんでもないよ」
と答える。

今の気持ちを話したところで何が変わるんだろう…と思う。

そうでしょ?だって
もう最後…だから。

「ほんとに何でもないからwww」
と笑うと
「じゃぁなんで俺を避けるの?」
と聞かれる
「避けてるわけじゃないよ、自己防衛本能が自動的に作動してるんだと思う」
とかなんとか、わけのわかんないことで誤魔化して。
「よくわかんないよ」
と言われると
「うん、あたしもわかんないもん」
と笑う。
どこまでが本当の自分でどこまでが偽りなのかも
もうこの時点で解らなくなっていたよね。
そしてそのほうが良かったのかも知れない。

彼の手が肩にかかる
そっと体を押し付けてくるから
ゆっくりとソファーに体が沈んでゆく
「ねぇ、まだ逃げたいの?」
と彼の両手が軽く二の腕にかかって
それでも答えないあたしに
「逃げられないって解ってるから、何も言わないの?」
と真剣な口調で…。
「そんなこと…なっ」
言葉の途中で
唇をふさがれる

逃げたければこのホテルに来ることなんてないよ。
今この場所にいるのは、あたしがここに居たかったから。
そんなことも解らない彼にまた絶望を感じている。

それなのに、合わせた肌の感覚
心地いい彼の体温、そして繊細な彼の息遣いに
反応してしまう。
感じるまま反応する身体
抑えきれない声
彼の手がそっと胸をつつみゆっくりと
指を這わせてきて、そのゾクゾクとした感覚に
身をゆだねてしまいたいと思う。