第1章ー1の後編でございます。

え~、ここまでのお話し、ですが、あらすじというほどのものではございません。読まなくても支障はありませんので、スルーしてやって下さいませ。

それでは、続きからどうぞ。




   第1章ー1・後編





 最上キョーコ。 

 僅かに数か月前までは、こんなホテルに男と二人で足を踏み入れるような身ではなかった。 父を知らず、仕事で忙しい母は、キョーコを親友に預けっぱなしにしていた。母の親友である不破夫人は、旅館の女将を務めていて、キョーコを自分の跡取りにしようと子供の頃から仕込んでいた。不破夫妻の一人息子の松太郎と一緒に育てられたのだが、松太郎はキョーコを只の居候と思って悉く蔑ろにした。 顔立ちが整っていて格好付けだった松太郎は、小さな頃から女の子に人気があった所為か、自信過剰になっていった。挙句、旅館を継ぐ事を嫌がった松太郎は、中学卒業と同時に家を出て行ってしまった。残されたキョーコは、旅館で働く者達に「松太郎を追い出したのはキョーコに違いない」と謂れのない言い掛かりを付けられて虐げられていた。仕事を理由にキョーコを振り向く事のない母・冴菜は、キョーコの現状など興味もなく放置していた。キョーコを庇う者のいない状況に、旅館で働く仲居達は、キョーコをスケープ・ゴートにしている事を当たり前のように考えるようになっていた。それでも行き場所のないキョーコは、高校へ通いながら、旅館で仲居として働いていた。 

 数年後、家を出て行った松太郎の姿を、テレビで見掛けたキョーコは、松太郎を連れ戻そうと東京まで出向いた。 芸能界に身を置くようになった松太郎は、化粧っ気のないキョーコを『地味で色気のない女』と評価し、「歌手デビューを果たした自分に近付くなど身の程知らずだ」と馬鹿にした。その上、松太郎はマネージャーに着いた安芸祥子と一緒に暮らし、深い仲になっている事を自慢する始末。松太郎の母親である女将は、キョーコと松太郎を結婚させて旅館を継がせる心算なのだが、松太郎にその気がない。ここまで馬鹿にされて結婚など出来る筈もないし、キョーコもその気が失せた。

 帰る気も失せたキョーコは、彷徨い歩いている内に、迷い込んだ別荘で撮影現場に出くわした。迷い込んだキョーコを追い出そうとしたスタッフだが、キョーコの立ち姿や歩く姿に、監督が目を留めて見学を許した。見学していたキョーコは、リテイクを繰り返しながらも、悪びれる気配もない松内瑠璃子の態度に嫌悪を覚えた。顔を顰めるキョーコに気付いた監督が、キョーコにカメラテストと称して着物を着て所作を見せてみろと言う。演技に関してはど素人ではあるが、カメラテストに臨むキョーコの真剣な態度に、プロ意識を感じた主演の敦賀 蓮が本気を出した事で、瑠璃子の意識が変わる。

 蓮のマネージャーだった社がキョーコを連れ帰り、蓮が所属する事務所の社長に撮影現場での話をすると、社長はキョーコに興味を持った。キョーコと冴菜の確執を知った社長は、キョーコが未成年の間はデビューさせないと決めた。周囲にいる女性が片端から蓮に逆上せる中、蓮に特別な意識を向けない上に、キョーコの作った料理だと完食出来る蓮に、社と社長はキョーコを蓮の付け人とした。

 演技の勉強や体調管理こそしていたが、相変わらず化粧などしないキョーコを、見た目が素朴な為、蓮の傍にいる事を周囲の女性達は快く思っていなかった。キョーコに対して陰湿な嫌がらせを始めた周囲に気付いた社と蓮は、なるべくキョーコを傍から離さず、周囲の嫌がらせから守っていたが、それでも全てを防げるわけではなかった。嫌がらせを受けて落ち込む度に、キョーコは一人で隠れて自分を励ましていた。





「あーーっ! キョーコちゃん、こんな所にいたっ!」


 非常階段で蹲っていたキョーコに、後ろからいきなり声を掛けたのは社だった。驚いたキョーコは手の中に握っていた思い出の品を落としてしまった。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


「えっ!? キョーコちゃんっ!?」


 慌てて立ち上がって、階段を駆け下りていくキョーコに、社は目を丸くして思わず見送ってしまう。


「コォーーーーンッ!!」


 はっとして後を追い掛けた社は、階段下で立ち止まっている蓮と、蓮の前に立ち止まったキョーコを見付ける。


「敦賀さん、これくらいの青い綺麗な石、落ちて来ませんでしたかっ?」


「石?」


 小首を傾げる蓮に、キョーコは必死で問いかけている。


「大切な物なんです。10年くらい前に遭った男の子が、泣いてばかりいた私の涙が減るようにって、別れ際にくれた大切な思い出の品なんです」


 目の端に涙を滲ませているキョーコの顔を見て、蓮はふと周囲の足元に目を走らせた。


「あ」


 社は、蓮が握っていた手の中から小さな物を取り出したのを目撃した。


「それって………これ?」


 キョーコの目の前に差し出した蓮に、社は既に拾っていた石を、然も今この瞬間に見つけたように振る舞ったのだと気付いた。だが、そんな意識は蓮の掌の上に載せられた石を目にした瞬間に変わったキョーコの表情で霧散した。


「よかったぁ」


 花が綻ぶように笑みを浮かべ、ニコニコと明るい顔を浮かべているキョーコは、社も蓮も初めて目にする可愛らしい笑顔だった。ファニー・スマイルと呼ぶに相応しい可愛らしい笑顔に見惚れていた社は、蓮が無表情になっている事に気付いて首を傾げた。
 社の視線に気付いた蓮が体裁を取り繕うように顔を背けて咳払いをした事も、それをキョーコが不思議そうに見上げていた事も、後から考えてみれば意味のある事だったのだが、その時の社は気付く事はなかった。




続く






 スキビ仕様にしたら、こうなりました。

 同人誌で書いた時とはこの辺は全然違います(笑)