社長の趣味の部署『ラブ・ミー部』に所属となったキョーコは、蓮の付き人を務めながら、日々楽しく(社長に遊ばれながら)過ごしていた。名目だけとはいえ保護者である冴菜が同意書にサインをしないどころか、キョーコの意志を無視して連れ戻そうとする。その為、キョーコの自由意思を行使できるまでは、とデビューこそ禁じられていたが、人気俳優・敦賀 蓮の付き人として、テレビ局や撮影スタジオに出入りしながら、裏方への挨拶や気遣いを欠かさないキョーコは、スタッフの間では概ね好評を得ていた。蓮の共演者の女優たちも、蓮に執着したり自意識が強過ぎる者以外は、キョーコの素直さに自然と受け入れられていった。
所属事務所所有の俳優養成所にも入所し、そこで知り合った琴波奏江とも親しくなった。舞台練習の邪魔をしていた社長の孫娘・マリアとも親しくなった。
「バースデー・パーティー、ですか?」
「そうだ。君には以前に話した通り、マリアの母親はあの子の誕生日に亡くなっていて、その所為で、マリアは自分の誕生日を祝う事を厭うのだよ」
蓮の付き人をしながら養成所に通うキョーコにとって、蓮の意志や姿勢は尊敬に値するもので、毎日が充実した日々を送っていた。唯一の悩みが社長のローリィ・宝田に遊ばれる事くらいだったのだが、社長の呼び出しは必ずしも悪戯ばかりではない。悪戯を仕掛けられるのか、遊ばれるのかと、戦々恐々としながら呼び出しに応じてみれば、珍しく真面目な顔をした社長に相談を持ち掛けられた。
「それは、まぁ……事情を考えれば、喜んでいる方がコワイような気も……」
「それはそうだが、マリアはまだ幼い。自分が誕生した日を祝えないなどという哀しい事はさせたくないのだよ」
キョーコは無意識に自分の誕生日を思い出す。親友が女将を務める旅館にキョーコを預けたままの母は、キョーコの誕生日すら覚えていないらしく、いつもプレゼントを用意してくれるのは女将だった。クリスマス当日が誕生日のキョーコは、クリスマスのプレゼントと誕生日のプレゼントを、クリスマス・イブに渡されていた。その話をした時に「それは悲しいね」と言ったのは、幼い日、数日間だけ一緒に過ごした金の髪の少年。キョーコの誕生日など知らぬ顔を決め込む母親とは違い、旅館の仕事で忙しい時間の合間を縫ってプレゼントを用意してくれる女将から贈られるプレゼントが二つもある事は、キョーコにとっては嬉しい事だったから、少年の言葉の意味は解らなかったけれど。
「そうですね。でも、マリアちゃんの気持ちからすると、自分の誕生日がお母さんの命日では、祝う気持ちになれないのでしょうし……」
「マリアの誕生日ではあるが、クリスマス・イブなんだぞ! 日本中が幸せを満喫しようという愛のイベント
の日を、楽しく過ごせないなんて哀しいじゃないかっ!」
拳を振り上げ、涙まで流して力説する社長の姿に引きながら、キョーコは双方を治めるアイデアはないかと頭をフル回転させた。どうせ、社長が何かを言い出したら、蓮共々巻き込まれるに決まっているのだ。だったらここで何かアイデアを出して、被害が小さくて済むように手を打つのが肝要。
「バースデー・パーティーという名目でマリアちゃんが抵抗があるなら、他の名目で、お祝いという言葉にし
なければ、良いのではありませんか?」
「お祝いという言葉を使わない?」
「誕生日って、周りの人にとっては、どうなんでしょうね?」
「ん?」
キョーコは困惑しながら、社長に問い掛ける。社長は、キョーコの境遇を思い出し、微かに眉を顰めた。キョーコの境遇から想像するに、誕生日すらまともに祝って貰った事もないに違いない。社長は慈愛の瞳でキョーコを見つめた。
「そうだな。本人ではなく、周りにとっては、誕生日とは、その人が生まれてきた事に感謝する日だな」
「じゃあ、感謝する日、という事でパーティーを開いてはどうですか? 周りの人が、でなくて、マリアちゃ
ん本人が、今年1年で出遭った人や普段お世話になっている人に感謝する日。マリアちゃん本人が、主催者になって、招待する、という形になるように」
「それでは、私が企画に加われないではないか」
キョーコは内心で溜息を吐きながら、笑顔を引き攣らせて言い返した。
「パーティーを自分で準備すれば、マリアちゃんもクリスマス前から自分でも楽しめるのではないですか?」
キョーコの言葉でふと気付く。マリアは、クリスマス時期には殊更楽しそうな周囲に機嫌を悪くしている。
今まで不機嫌だったその時期を機嫌良く過ごす為には、自分が我慢するしかなのだろうかと、宝田はしょんぼりした。
「しかし、マリアにパーティー準備など、出来るものなのかどうか……」
渋々といかにも気が進まないという態度の社長に、冷や汗を流しながら、キョーコは提案する。
「会場の提供とか、資金の提供とかをなさったら宜しいじゃありませんか」
「おおっ! それなら、私も協力できるなっ!」
勢い込む社長に、キョーコがストップをかける。
「社長っ、ストップ! 社長から持ち掛けたら、マリアちゃんは素直にやらないんじゃありませんか?」
「むっ」
「私なら時間がありますから、私から持ち掛けてみます。ご安心下さい。社長に会場と貸金の提供をお願いするように提案してみます」
「そうかっ 頼んだぞ、最上君!」
ホクホクと嬉しそうに執事に指示を出し始めた社長を見ながら、キョーコは、社に蓮のスケジュールを確認しなければならないだろうと考えた。何しろマリアは蓮が大好きなのだ。蓮目当てで事務所への所属を望む女優・アイドル志望の女の子達をあらゆる手段を用いて追い払うくらいなのである。蓮の付き人にまでなったキョーコがマリアによって排除されなかったのは、マリアがキョーコに懐いてしまった為だろう。
そのキョーコからの提案で、クリスマス・イブに、一年の感謝を込めて開く《グレイトフル・パーティー》
に、マリアは大いに乗り気になった。キョーコとマリアの趣味が合わさった《グレイトフル・パーティー》の
準備は忙しく楽しかった。
俳優養成所に通いながら蓮の付き人を務める傍ら、マリアの為の《グレイトフル・パーティー》の準備で毎日が忙しいキョーコの下へ、ある日、弁護士が訪れた。社長に呼び出しを受け、蓮と社が付き添って社長室を訪れると、いかにもやり手という雰囲気の弁護士だという壮年の男性が待ち構えていた。
「弁護士の槇村と申します」
「最上キョーコです」
視線で同行した蓮達を訊ねる槇村に、答えを渡したのは社長だった。
「うちの所属俳優の敦賀 蓮とマネージャーの社だ。最上君は現在、蓮の付き人でね。毎日殆どの時間を共に行動している。前以て伺ったお話ですと、この二人にくらいは事情を把握して置いて貰う必要があるかと思ったので、私の一存で同席させた」
「……現在の最上キョーコさんの実質的な保護者は宝田社長のようですから、その社長が御判断なさったのなら、良いでしょう」
槇村は鞄から書類を取り出すと、ゆっくりと開いて目を落としながら話し始めた。
「これは、現在アメリカで活躍中のハリウッド俳優であるクー・ヒズリ氏が作成された遺言状です。内容から前以て関係者である最上キョーコさんのお耳にも入れておくべきと判断され、ヒズリ氏からのご依頼もあって、前以てお知らせする為に本日伺いました」
前置きの後、弁護士はキョーコをちらりと見てから書類の内容を告げた。
「クー・ヒズリの全財産は、息子・クオン・ヒズリに次の条件を以て譲渡するものとする。最上キョーコが自
由意思で結婚可能な年齢に達した後、彼女と婚姻する事」
告げられた内容に、一同は唖然とした。クー・ヒズリと云えば、このLME事務所に以前所属し、ハリウッ
ドへ進出したハーフのアクション・スターだ。キョーコとは面識がない。
「何考えてやがる……」
渋い顔と声で唸ったのは社長だった。自らを愛の伝道師と自負している宝田社長としては、財産と結婚を絡めるような遺言状を作った嘗ての後輩を罵りたい気持ちが満々だった。
「あの……そんな、いきなり、会った事もない人と、財産絡みで結婚を持ち出されても……それに、その、クー・ヒズリ氏が指名している最上キョーコが私だとは……」
戸惑いながら言い淀むキョーコに、槇村は頷きながらも笑みを浮かべる。鞄から取り出した封筒から2葉の写真を出す。並べてテーブルの上に滑らされた写真には、まだ幼い少年と少女がそれぞれ写っていた。少年でありながらもひどく整った顔立ちの、金の髪と青い瞳の少年。黒髪をツインテールにした可愛らしい少女。
「コーン……?」
少女は確かにキョーコ自身だったが、キョーコは少年の姿にこそ驚いた。もう十年以上も前の夏の数日間、一緒に遊んだ妖精の少年だったのだから。
続く
ここまで来ると結論は見えてしまうような(;^_^A
この先の途中経過をお楽しみ頂ければ幸いです。