え~~、と一応念の為に書き添えておきます。

≪ ≫内は英語と思ってください。亜梨沙は英語が全然駄目ですし、翻訳ソフトだと不自然になりますので“流暢な英語”になりませんので。

『 』内は今まで通り電話相手です。















 CF撮影はいつもに増してスムーズだった。相手役は顔を出さない手タレで、演技は蓮に掛かっていたのもあって、NGなしの一発OKを出してしまったのだ。予定よりかなり早く終わってしまったので、序でに先送りにする予定だったポスターも撮ってしまう事になった。それも蓮次第だった為、かなりスムーズに終わってしまった。


《気合入っていたね、レン》


《この後に時間を取られる予定が入ってね。明日早いから早く帰りたいんだよ》


《恋人に会いたいからって云うのじゃないのか?》


《今のところ仕事が忙しくて恋人作ってる暇なんてないさ》


 ウィンクして茶化すように軽口を叩く蓮に、場が賑わう。和やかになったスタッフ達に挨拶をして、蓮は着替えもそこそこに社を送りがてら社長宅へ急いだ。警察の事情聴取が済まないと、キョーコが待つマンションへ帰れない。蓮は社長宅の駐車場に車を停めると、キョーコへと電話を掛けた。


『はい、もしもし、最上です』


「最上さん。今夜、早く帰れる筈だったんだけど、社長に呼ばれてね? ちょっと遅くなりそうなんだ。早くても10時くらいになりそうだ。俺の事なんか待ってなくて良いから、先に食事とかお風呂を済ませておくんだよ? 待ってなくて良いから先に寝ててね?」


『え、でも……』


「明日は早いから睡眠不足は美容の敵だよ? 君のことだから、お弁当作ってくれる気でいるんだろう?」


 だから早く寝ていなさい、と言外に含ませても躊躇しているキョーコに、蓮はふっと雰囲気を変えて囁く。


「遅くなって帰っても起きていたら、強制的に眠れるようにしてあげるけど?」


 キョーコが〝夜の帝王”と呼ぶ雰囲気を纏わせて囁いた事に、電話の向こうからでも気付いたのだろう、慌てふためく気配がした。


『わわわっ、わかりました! 寝てます! 居候第1日目から家主より先に休む無礼をお許し下さいませ!』


「そんな事は気にしない。俺はスペースを提供するだけで、実際大変なのは君に決まってるんだからね」


『う~~~っ』


「ああ、同衾したいから起きていた、というなら歓迎するよ?」


『そそそそんな、破廉恥なっ!』


「くすくす、じゃあ、おやすみ」


『……おやすみなさいませ』


 キョーコとの電話を切った蓮は上機嫌で宝田邸へ足を踏み入れた。蓮が愛車を停めたスペースは、家人用の駐車スペースで、警視庁の刑事達が車を停める事になるのは来客用のスペースだ。最初から勘繰られる事はないだろう。
 玄関で蓮を出迎えた執事は、挨拶は後回しで構わないという伝言と共に、蓮をテンが待つ部屋へ案内した。


「すみません、Miss Jelly Woods」


「良いのよ。何か事情があるのでしょう? 詮索はしないわ」


「ありがとうございます」


「じゃあ。さっさと済ませちゃいましょう。アタシはここにいるから用事が済んだらまたここへいらっしゃいね」


「はい」


 テンの手に拠って、忽ち敦賀 蓮が消え、クオン・ヒズリが現れる。髪色を戻した蓮が廊下に出ると、執事が待ち構えている。


「皆様既に応接室でお待ちです。旦那様が、日本語よりも英語を使うように、との事です」


「That's right.」


 執事の案内に従っていくと、通されたのはいつもの虚仮脅しに使われる応接室ではなく、宝田が気を使う客を持て成す時に使う落ち着いた内装の部屋だった。


「旦那様。ヒズリ様がお着きになりました」


「おお。待ってたぞ、入れ」


 ノックに続いて掛けた声に返った宝田の返事は、落ち着いて威厳さえ漂わせている。執事が開いたドアから入った蓮は、ソファに腰を下ろす見覚えのある刑事達以外に、見慣れない二人が加わっている事に気付く。刑事達は全員が立ち上がってクオン・ヒズリに頭を下げた。


「警視庁捜査一課の伊丹です」


「同じく三浦です」


「芹沢です」


《警視庁特命係の杉下と申します》


《同じく甲斐です》


《クオン・ヒズリと申します》


 蓮は英語で話し掛けてきた二人に向かって手を差し出した。捜査一課の3人は顔を顰めたが、クオンが英語で応えた事で、言葉の通じない相手だったのだと自分を抑えたようだ。


《とにかく座れ。話はそれからだ》


 社長に促されて、蓮はクオンとしてソファに腰を下ろす。


《経緯はご存知でしょうか?》


 綺麗な英語で口火を切ったのは杉下と名乗った男だ。


《俺のパスポートを持っていた男が殺された、という事と、その男がロード・ロイスだという事は聞いています》


《被害者と、お知り合いでしたか?》


《そうですね。出来れば会いたくない人物ですが。まさか彼が俺のパスポートを持っていたとは思いませんでした》


 会話の内容が理解できないらしい捜査一課の3人が、甲斐という刑事に通訳を求め、甲斐は要点だけを伝えている。


《被害者が貴方と間違われて殺された可能性もありますが、被害者が貴方を名乗った為に殺されたという場合もあります。その場合、犯人が貴方であるという可能性もあるのですが……》


《俺は、彼が俺の名を騙って悪さをしていた事も知らなかったのです。どうも俺と間違って殺されたのではないか、という事から、彼の素行調査をしたボスから話を聞いて知ったくらいですよ》


《ご存知なかった事の証明は…》


《無論。出来ませんね。殺害時刻のアリバイはありますけどね》


《どんなアリバイでしょう?》


 杉下の柔らかな微笑みとは裏腹な鋭い視線を受け留めて、クオンはチラリと社長に視線を向ける。社長は肩を竦めた。


《これは俺のトップ・シークレットです。それこそ俺の人生が懸ってますので、事件解決後も決して漏らさないで下さいね》


《ほう? それは随分と興味深い》


「捜査一課の刑事さん達とは既に面識がありますよ」


 突然日本語を操り出したクオンに、捜査一課の3人が目を剥く。


「はぁ? こんな金髪碧眼の色男なんざ、会った事ねェぞ?」


「指紋採取でもしてみますか?」


 くすり、と笑うクオンに、甲斐がふと首を傾げて呟く。


「まさか、敦賀 蓮?」


「はぁっ!?」


 何を馬鹿な、と言おうとした3人だったが、杉下は敦賀 蓮の写真とクオンを見比べて頷く。


「なるほど。見覚えのある顔だと思いましたが、関係者のお一人でしたか。なるほど。でしたら、アメリカ人である事を隠して、日本人として、日本の芸能界に身を置いていらっしゃる」


「ええ。俺にとっては、死活問題でしてね。敦賀 蓮が実はクオン・ヒズリだと知られるのは困るんですが、かといって殺人容疑を掛けられて警察に追い掛けられるのも困りますからね。そして犯人が判らない以上、ロイスがクオンとして殺されたのであれば、実はクオンは生きていると発表されるのは、身を守る術がなくて困るんです」


「犯人の手掛かりがない以上……」


「最上さんか俺と関係のある人物で、アリバイがない人はいなかったんですか?」


「パーティーがお開きになるまで、会場から出ていた人物は見当たりませんでしたよ。かと言って外部からの侵入者である可能性も、この屋敷のセキュリティを拝見したところ有り得ない」


「では、証言に嘘が混じっているという事ですねぇ」


 するっと杉下が口を開く。顔を顰めて杉下を見遣る捜査一課の刑事達の態度には好意は感じられない。特命係という彼らを同道したのは彼ら自身だろうに。


「一つ、気になる事があるんですが……」


「お答え出来る事なら」


「不破松太郎氏は、随分と最上キョーコさんに執着していましたね」


 伊丹刑事の質問に、蓮が苦い表情になる。隠せなかったのだろう表情と見て取った刑事達が、蓮に視線を集中させる。


「彼はどうも、最上さんに関して常識がないらしいです。何かというと最上さんを自分のモノ呼ばわりです。恋人とかの関係で口にする言葉ではなくて、所有物か奴隷のような感覚で俺のモノ呼ばわりをしている。我儘で自分本位で礼儀知らず。あげたらきりがありませんよ」


 肩を竦めて言う蓮に、甲斐が目を丸くする。


「敦賀 蓮って、温厚紳士って評判なのに」


「俺だって人間ですから不愉快に思う事はありますよ。一々事を荒立てたりしないだけです。仕事に個人感情を持ち込むわけにもいきませんからね」


 くすっと笑う蓮に、遥かに年上の男達は、その根底にあるプロ意識を読み取って、一筋縄ではいかないらしいと見て取る。


「不破松太郎って、歌手の不破 尚、ですよね?」


 芹沢の確認に、蓮が頷く。


「最上さんが俺の付き人になってそろそろ4年になりますが、不破君はその間ずっと、最上さんに執着して、仕事の移動中に克ち合う度に絡んできていました。最上さんは母子家庭なんですが、母親が仕事を理由に不破の家に最上さんを預けっぱなしにしていたそうです。居候という事で一人息子の不破君の命令には絶対服従の立場に置かれていたようですよ」


「絶対服従……?」


「なんだってそんな考え方をしているんだ。親は何をしていたんだ」


 眉を顰める常識人達に、蓮は肩を竦める。


「なんでも老舗旅館だとかで、両親は旅館の仕事で忙しくて、子供の躾も碌に出来なかったみたいですよ?」


「預けられていたという最上さんは随分礼儀正しくて控え目なお嬢さんでしたよ?」


 芹沢が不可解だという表情で首を傾げる。


「最上さんは預けられているという立場でしたからね。使用人達にちやほやされている一人息子とは違って、気兼ねがあったんでしょう。預けられっ放しという事は、母親に見捨てられたも同然の扱いでもあったでしょうからね」


 皆の表情が痛ましげに歪む。


「どうも、不破君が、自分が東京に出てデビューするまでの面倒をみさせる為に、最上さんを連れて来たらしいです。デビューが決まって面倒をみてくれる相手が出来た途端に、最上さんが邪魔になったらしいですね。そうと知った最上さんが1人では旅館にも帰れなくて彷徨っていた時に、俺達と出遭ったんですよ」


「出遭った?」


「ロケ先で偶然でした。ロケしていた場所に紛れ込んで来たんですよ。監督の目に留まって、見学していたので、俺が事務所まで連れ帰ったら、演技がしたいと言い出して、まぁ、色々あって、現在は俺の付き人をして貰ってます」


 柔らかな蓮の表情からは、蓮がキョーコを憎からず思っている事が窺い知れる。透けるような金の髪が、部屋の照明を弾いてキラキラと輝いている。顔立ちと色彩の華やかさは、日本人にはあり得ないほどだ。これだけの美貌を態々隠してまで、何故日本の芸能界で活躍するのだろうか。好奇心が疼くが、余分な詮索をしないという約束で『クオン・ヒズリ』との面会をセッティングして貰う約束だった以上、これ以上踏み入る事は出来ない。






 続く







 あっさりとクオン=敦賀 蓮だと明かしてしまいましたが、弁護士や探偵に依頼人の情報に関する守秘義務があるように、警察の捜査員にも捜査上知り得た秘密を口外してはいけないという守秘義務があります。場面は描きませんでしたが、刑事さん達はクオンに会わせて貰う為に、クオンが生存している事と何処にいるかという事は秘密にするという条件を呑んでいます。