『不安な夜 3 』
正直言うと、このドラマの主役の話が来た時、担当俳優のイメージ・ダウンにならないかと不安だった。
何しろ紳士が敦賀 蓮の売りだから。
いくら二重人格とはいえ遊び人なんて軽い役は向いていないと思うんだけどなぁ。
演技力はあるから、こなしはするだろうけどさ。
見掛けは派手だがスキャンダル知らずの敦賀 蓮。
プレイボーイになっても不思議ではない見掛けに反して、本人は至って恋愛音痴。
……いや、初恋が遅過ぎたヘタレ、と言い直すべきかも知れない。
ここ数年片想いを続けている事務所の後輩に、告白する勇気もないヘタレっぷりは、それこそイメージダウンだから、他人には知られたくない事なんだが、社長は面白がってすらいる。
まあなぁ、蓮がヘタレるのもある意味無理ないっちゃあ無理ないんだ。
何しろ蓮の初恋相手は、花の女子高生の身空で『二度と恋なんてしない』なんて誓いを立てちまうような恋愛感情壊死少女。
この数年揶揄いつつ見守ってきながら聞き出した話では、蓮は過去自分から行動した事なんてないらしいし。
まぁ、初恋ってくらいだから、言い寄られて嫌でないからOKしてたって経験の繰り返しみたいだしなぁ。
普通の女の子なら、蓮が意味ありげに見つめただけで堕ちるだろうけど、キョーコちゃんはそうはいかないだろうし、よしんば視線の意味に気付いても嘘だと思い込んだり湾曲するだけだもんなぁ。
蓮の奴、キョーコちゃんが新人の域を出て周囲に認められるようになってきたから、最近は自分の気持ち隠さなくなって、蓮に入れあげてる女ども以外は、キョーコちゃんに片想いしている蓮を知ってるくらいなのに、当の本人だけが気付いてないんだよな。
何をどう誤解したら、蓮が好きな相手がキョーコちゃん以外にいると思うのか、俺にはその方が疑問だよ。
その辺を知っている監督やスタッフは、主演女優が下ろされた時に、真っ先にキョーコちゃんを候補に挙げた。
理由は同じだった。
『敦賀 蓮に迫られて堕ちないツワモノが他にいるとは思えない』
口を揃えたスタッフ達に、蓮の笑顔が引き攣っていたっけ。
後で車の中では暗くすらなっていた。
あまりの落ち込みように心配になったほどだ。
「蓮?」
「はい、なんですか?」
「お前、大丈夫か?」
「え?」
一瞬無表情になってから不思議そうな顔をするが、今更お前のポーカーフェイスに誤魔化されるお兄ちゃんじゃないぞ?
視線は向けないようにしながら、言葉を続けた。
「さっき、やけに落ち込んでなかったか?」
「え、そうですか? う~~ん。まぁ。俺の片想いが広まっている現実を痛感したというか……」
ははっ、とわざとらしく声を上げた笑いで誤魔化した蓮に、それ以上ツッコむ事はしなかった。
こいつは見掛けほど繊細じゃないが、神経が太いわけでもない事は、これだけ付き合っていれば判る事だ。
まぁ、相手がキョーコちゃんでも、仕事は仕事としてこなせる奴だ。
その辺は信頼している。
例えプライベートではなくてもキョーコちゃんに会えるとなれば、スケジュールのきつくなってきたキョーコちゃんに無理を言って蓮の飯を作って貰わなくても、蓮のキョーコちゃん補給は叶うだろう。
キョーコちゃんのその手の話に関する鈍さは業界では知れ渡っていて、最近ではいくらキョーコちゃんが綺麗になったと言っても相当本気でない限りキョーコちゃんを口説こうとする奴はいない。
況して、敦賀 蓮が本気でアプローチを掛けても振り向かない『京子』に言い寄るのは、もぐりか身の程知らずかと言われる昨今だ。
不破は相変わらずキョーコちゃんを「自分のモノ」呼ばわりしているが、最近のキョーコちゃんは歯牙にも掛けなくなっている。
業界では知る人ぞ知る『京子のストーカー』と呼ばれている事を、どうやら不破とマネージャだけが知らないらしい。
キョーコちゃんのスケジュールが詰まってきた昨今では、以前のようにキョーコちゃんがラブミー部の部室にいるだろう時間帯に事務所に立ち寄って、蓮をキョーコちゃんに会わせてやるという裏技も使えないし、忙しくなっているキョーコちゃんに毎度蓮の食事造りを頼むわけにもいかない。
ドラマで主役と相手役になったのはせめてもの機会だろう。
「暫くは現場で遭えるんだから頑張れよ」
「頑張ると言っても、社さん。仕事場で今以上のアプローチを掛けるのは拙くないですか?」
「………現実を言うとお前には気の毒だが」
「?」
「お前がそれとなく口説くのをキョーコちゃんが見事にスルーする様子は、もはやスタッフの娯楽と化しているから、周りは気にしないと思うぞ」
「………」
まぁ、絶句するところだよな。
今や、殆どのスタジオのスタッフは、男女を問わず、蓮の本気を知り、キョーコちゃんがいつになったら振り向くか、というのを興味津々見守っている。
蓮があまりに見事にスルーされている姿を目撃したプレスは、あまりにも気の毒で記事にも出来ないと、敦賀 蓮が京子を口説いているというのは業界内だけのオフレコになっているという話だ。
フェミニストで有名な敦賀 蓮が、女性の誘いには常にやんわりと断っていたのに、京子へのアプローチは脇目も振らず、な態度に、多くの業界人もプレスも好感を持っているという事だろう。
敦賀 蓮に口説かれる京子、に悪意を抱いているのは、現実をみない者だけと言われて久しい。
キョーコちゃんも蓮を好きみたいなのに、どうしてああも蓮の気持ちに気付かないのか不思議でならない。
キョーコちゃんの気持ちは明白だけど、蓮も蓮とて片想い歴の長さの哀しさか、気付いてないんだよな。
かといってこういう事は他人から知らせるべき事でもないしなぁ。
るぇ~~ん、く~~~ん?
いい加減ストレートに告白したらどうなんだぁ?
いつまでもヘタレてないで、覚悟決めて告れよなぁ。
続く
第3話は社さん視点でした。
ギョーカイ内に知れ渡った蓮のヘタレっぷりwww
蓮は自覚しているようですから、脱ヘタレ頑張ってほしいですね