「不安な夜 5 」
ゴーゴーゴー……。
着て動いている時には案外気にならないけど、運ぶとなると意外とメンドイのよね、この着ぐるみ。重いし邪魔だし★
デビュー前からお世話になっている《やっぱ気まぐれロック》の収録が終わり、私はやけに疲れた体にムチ打ってクリーニングへ出す為に、坊の着ぐるみを運んでいた。
思えばこの《気まぐれ》とも長いお付き合いになるのよねぇ。
事務所の先輩タレントである3人組のブリッジ・ロックの皆さんが司会を務めるバラエティ番組は、他局のようなアイドル・グループというわけでもないのに、人気が落ちる事はなくて、3年以上も続いている今や立派な長寿番組。
ドラマが、国営放送の大河ドラマを除けば、長くても半年がワンクールになっているのに比べ、バラエティは人気があれば何年も続く長寿番組へと成長を続ける。それだけお茶の間への浸透率も高い。
寿命の短いドラマに出演しながら、敦賀さんは相変わらず芸能界一良い男の称号を恣にしていて、あまりの不動振りに殿堂入りしちゃってるし。
ドラマのクールが短いから、私のような地味で色気のないペーペー女優が相手役でも、全国の敦賀ファンのお怒りは薄れるのも早いから、今回のドラマで相手役になっても何とか生き永らえる希望も持てるのだけど。
そうよ、言われなくても解っているわよ、私のようなペーペー女優が、トップ俳優の敦賀さんに親しくして頂くなんて身の程知らずなんだって事くらい。だからって、それをショータローなんかに言われたくなかった。事務所から借りている携帯電話なのに、敦賀さんと個人的な会話を交わしていたところを見られて、生意気だとか言われて壊される事になるなんて。
そもそもどうして、ジャンルの違うショータローとああも克ち合うのよ。顔を合わせれば絡んでくるあいつに閉口するのは珍しくもない。最近ではあいつの存在なんてどうでもよくなっていて言い返す気にもならない。大抵は通り掛かった局の人や先輩芸能人の方達が助けて下さるから騒ぎになる事もなくなったけど。
思い出すのも面倒臭い奴の事が頭を掠めた時、覚えのある気配にぎくりと背中が硬直した。
キュラキュラオーラでも魔王オーラでもないけど、これは……っ!
気配のする方を振り向くと、覚えのある場所だった。
テレビ局の建物は、テロ対策の為に迷路のように造られているという話は、敦賀さんが教えてくれた。だから所々吹き溜まりのような場所が出来て、人が寄り付かないから、一人になれるのだ、と。
敦賀さんが一人になりたい時って、台本を覚える時とか悩んでる時とか、他人に見られたくない時限定、よね。
どうしてそういう時に限って出くわすのかしら、私。
陰に隠れて覗いてみると、台本を広げている気配はなくて、敦賀さんは何やらひどく淀んだ空気を撒き散らしている。
………。
近付かない方が、良いと思うんだけど。
でも、『坊』なら、キョーコじゃないし!
これ以上敦賀さんを好きになりたくないから近付かないようにしてるけど!
でも、あんな落ち込んだ敦賀さんをそのままになんてしておけないし!
私は思い切ってクリーニングに出す筈の『坊』の着ぐるみを身に着けて、【ブキューッ】という間抜けな足音を立てて敦賀さんに近付いた。
「……やあ、君か」
顔を上げた敦賀さんは笑顔を貼り付けていたけど、瞳には隠し切れない陰があった。
「通り掛かったら随分と暗い気配がしたから何事かと思ったよ。まさか敦賀君だったとはね。どうしたんだい? 意味の解らない言葉でもあったのかい?」
『坊』の言葉に敦賀さんは苦笑して隣を示してくれたので、【ブキュブキュ】と音を立てて歩きながら近付いて隣に腰を降ろした。
「どうしたんだい? 芸能界一良い男が形無しじゃないか」
敦賀さんは苦笑して、ふっと小さく溜息を吐いた。
「そんな称号貰っても、俺には何の意味もないよ」
敦賀さんは自嘲して、深い溜息を吐いた。
どうして?
敦賀さんに寄せられる賞賛を、敦賀さんは自分にとって何の意味もないというの?
「君には前に話したよね? 俺が好きなコの事」
「……うん。聞いたよね」
敦賀さんを悩ませているのはやはりその事なんだ。
「あの頃は、告白する気はなかったんだけどね。何年か前に告白する気になって、それからアプローチ掛けてるんだけど、本気に受け取ってくれないくてね」
「……そうなんだ?」
「おまけに最近は避けられてるし、仕事が一緒になって、忙しくなってきた彼女とも頻繁に会えるのを楽しみにしていたけど、挨拶以外、会話もない始末なんだ」
え?
続く
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我ながら鬼っ!な切り方になりましたw