「不安な夜 6 」



 キョーコちゃんが相手役に抜擢されて順調に進んでいた撮影だが、キョーコちゃんが他の仕事で撮影に参加できない時もある。
 勿論蓮だって、この仕事だけに掛かり切りなわけじゃない。
 未だにラブミー部に所属しているキョーコちゃんは仮採用のままでマネージャーがいない。それを口実に、現場では俺がマネージャーを務めているから、蓮とキョーコちゃんの入りは基本的に同じになるようにして貰っている。実はこの辺の融通も、蓮の涙ぐましい空振りに同情してくれている現場のスタッフが協力的だったりする。
 蓮が演じている主人公の二重人格の謂わば裏の人格の方は、ヒロインに好かれている事を知っていて、だから強引に迫るのだが、蓮の演技に今一つ押しが足りない、と監督が呟いたのは、キョーコちゃんの現場入りがない日だった。


「押し、足りませんか?」


 蓮が困惑したように監督の顔を見る。


「う~ん。押し、というか、好かれてる自信、だな」


 蓮が一瞬詰まり浮かべた笑みが引き攣っていた事を、現場の人間は見逃さなかった。


「敦賀君。気持ちは解るが……恭司が佳織に好かれている事を自覚しているからこその強引さでもあるわけだから……」


 監督の指摘に、蓮は小さく溜息を吐いて頭を下げた。


「すみません」


「なんとかできるか?」


「……します。するしかないですから。唯、少し時間を下さい。次回には何とかしてみせます」


 監督は暫く蓮の顔を見つめ、力強く頷いた。


「うん。君も京子さんも殆どNGなしだから、撮影捗っているからね。先撮り出来ているくらいだから、次回までに何とかしてくれれば充分だよ」


「我儘を言ってすみません」


「いいって。編集が追い付けるってもんだよ。なぁ、みんな!」


「そうっスね」


「実は衣装が間に合わないかと焦ってました」


 どっと笑いが起こり場が和む。蓮は本当に申し訳なさそうに眉を顰めている。内心では満足のいく演技の出来ない自分に腹を立てているだろう事は想像に難くない。
 しかし、好かれている自信、ねぇ。
 それこそが、蓮がどうにも持てなくて躓いているところでもあるんだよなぁ。
 演技に関しては、俺は何もアドバイスしてやれない。キョーコちゃんの事も、俺の口から、キョーコちゃんがお前を好きになっている筈だ、とも言えない。忙しいキョーコちゃんに、蓮の食事作りを頼むのも無理だしなぁ。
 ふと、思い出した事がある。
 そうだ。
 俺が蓮を担当してから初めて蓮が演技に行き詰ったのは【DARK MOON】だった。あの時、キョーコちゃんを好きになっていながらそれを自覚しようとすらしていなかった蓮が『恋』の演技で行き詰っていた時に、蓮を前向きにさせたのは……。
 鶏の着ぐるみを着ていた人物だったっけ。
 中身が誰なのかを、蓮も知らないと言っていた。
 俺は偶々、何年か前に、蓮と共演する役者の資料集めをしていた時に出演した番組の中であれを見付けたんだ。事務所のタレント部門の『ブリッジ・ロック』という3人組のグループの持ち番組のマスコットの『坊』。着ぐるみ着たままで、ゲストとゲームで対決したり、料理を振る舞ったりする人気者だが、中身が誰なのかは、番組のテロップに名前が載ってなくて解らなかった。
 「彼」に縋るしかないかも知れない。
 蓮はこの業界長い割に友人と呼べる存在がいない。相談できる相手くらい作っときゃいいのにって思うけど、誰にでも平等に接する敦賀 蓮に特定の友人は相応しくないとでも考えているんだろうか?
 いや、でも、あの鶏の着ぐるみの『坊』には、何やら友情を抱いている節もある事だし、偶々連の波長に合う人がいなかっただけかも知れないよな。
 そう考え遭俺は、『坊』にSOSを出す事も視野に入れて動くべく、『坊』のスケジュールを探りに掛かり、とんでもない事実に突き当たったんだ。


 そう、とんでもないよ。
 『坊』の中身がキョーコちゃんだったなんて!


 スタジオで蓮が収録中の時間帯に、運よく同じスタジオで【やっぱ気まぐれロック】の収録が行われている事を知った俺は、蓮には内緒で収録現場にお邪魔した。収録が終わる頃に行き当たり、着ぐるみの中からキョーコちゃんの顔が出て来た時には腰を抜かすかと思ったくらい驚いた。
 過去に、キョーコちゃんは蓮に仕事の内容を詳細に話していたけど、この仕事だけは蓮から聞いた事がない。って事は、キョーコちゃんはこの仕事の事だけは蓮に秘密にしていたという事だ。理由は解らないが、『坊』の正体がキョーコちゃんだと蓮に教えるのも拙い気がするぞ。
 ぐるぐる悩んでいたらキョーコちゃんを見失ってしまった。仕方ないので、蓮の収録現場に戻ると、蓮は既に収録を終えていて、時間の余裕があるから休憩してくるという書置きを置いて控室から姿を消していた。
 休憩だからって控室から姿を消すって事は、一人になりたいんだろうな。
 蓮の邪魔をする気はないが、蓮の居場所だけは把握しておかないと、誰かに捕まった時の対処に困るかも知れない。
 俺は蓮を探しに出て、それに遭遇した。
 

『あの頃は、告白する気はなかったんだけどね。何年か前に告白する気になって、それからアプローチ掛けてるんだけど、本気に受け取ってくれなくてね』


『……そうなんだ?』


『おまけに最近は避けられてるし、仕事が一緒になって、忙しくなってきた彼女とも頻繁に会えるのを楽しみにしていたけど、挨拶以外、会話もない始末なんだ』


 おおっ!
 中身がキョーコちゃんだと知らないとはいえ、ストレートに告げたぞ、あの蓮が。
 あ~、でも、蓮の方は知らないんだよなぁ。
 キョーコちゃんの方に期待、出来るんだろうか?


 続く