「不安な夜 8 」
「で?」
「で、って?」
二人で食事の後片付けをしていたら、モーコさんが泊まっていくように言ってくれて、嬉し恥ずかしのお泊り
モー子さんのお部屋に何度かお泊まりしているから、必要なお泊りセットは常備してあるから、急に泊まる事になっても困らないようになっているの。
勿論、私の部屋にもモー子さん専用のお泊りセットがあるの。
交替でお風呂を使って、パジャマに着替えてモー子さんのベッドの隣に並べたお布団に、と思ったのに、モー子さんがリビングに紅茶を用意した。
「モー子さん?」
いつもなら睡眠不足は美容に悪いからって、お喋りよりも睡眠時間の確保を優先するのに。
「そこに座りなさい。アンタが昼間悩んでいた事を解決するのよ」
昼間悩んでいた事?
悩んでいた事って、なんだっけ?
首を傾げていると、モー子さんの綺麗な眉が跳ね上がった。
えっ?
モー子さんが纏う雰囲気が尖っていきなりきつくなる。顰められた眉が開き、にっこり綺麗な笑みが浮かぶけど、纏う雰囲気は怖いまま。
おずおずとモー子さんに視線を向けると、私の顔をじっと見つめた後、深い溜息を吐いた。
「キョーコ」
「はいっ」
ぴくっと硬直した私をちらりと見た後、モー子さんは哀しそうに顔を歪めた。こ、これは……っ!
「そう……。悩み事の相談もして貰えないなんて、私達の友情も……」
出たーーっ!
嫌あぁぁっっ!
「言う! 言いますっ! 唯、本当に何があったか解らないのよぉっ!」
半泣きになりながら、私は昼間テレビ局であった出来事をモー子さんに説明した。
私が『坊』である事はモー子さんは始めから知っているし、敦賀さんには言わないでとお願いしている。『坊』として顔を合わせた時に『大嫌いだから』と面と向かって言ってしまった所為だと話したけど、今回は敦賀さんの恋愛相談に乗っていた事も白状した。話す心算はなかったけど、話の流れで意味が解らないからと突き詰められた結果、白状に至ってしまった。
「……で?」
「?」
「何があったか、解らないって言ってたわよね?」
「うん」
こっくりと深~く頷くと、モー子さんが蟀谷に指を当てて眉を顰めた。
「敦賀さんの好きなコは、【DARK MOON】の頃は『敦賀さんより4歳年下の16歳の高校生』で、譫言で『キョーコちゃん』て呼んでて、何年か前から『アプローチをしても本気にしてくれなく』て、『ドラマで共演』してて、『最近避けられてる』相手なのよね?」
「……うん」
「で? あんたは何が解らないの?」
「え、と……ね? 敦賀さんが好きな人の条件を並べてみると、そこで思考がストップしちゃってね? その先へ進めないの」
たはは……頭を掻きながらそう言うと、モー子さんはまたしても深~い溜息を吐いた。そうして紅茶のカップを傾けながら私を横目で見ている。居心地悪い事この上ない気分で、私も逃げるように紅茶のカップを傾けた。
「……あんたは、解らないんじゃないわよね?」
「え?」
モー子さんは私の顔を見ずに口を開いた。解らないって言っているのに。
「解らないんじゃないわ。解りたくないの。気付きたくないのよね」
「な、にを……?」
これ以上モー子さんの話を聞いてはいけない。
私の中で危険信号が点滅しているけど、ここで逃げたらモー子さんを失うと本能が告げてる。
「敦賀さんがキョーコを本当はどう思っているか、をよ」
「本当は、って。私なんて唯の事務所の後輩の一人で……」
「ただの後輩を口説くんだ?」
「え、口説いてなんていないわよ。やぁねぇ。あれは唯私を揶揄って遊んでいるだけで……」
「へぇ? フェミニストで有名な敦賀さんが後輩の女の子を揶揄うの?」
「私の反応が面白いみたいで……」
「反応とかの前に、そもそも敦賀さんが後輩に自分から声を掛けるなんて事、あんた以外にないわよ」
「まさか……」
「少なくともアタシは、あんたと一緒にいない時には敦賀さんから声を掛けて貰う事なんて有り得ないわね」
「そんなはず……だって、敦賀さん、この業界にいるなら挨拶は基本だって……」
「少なくともアタシは一人の時には敦賀さんに注意して貰った事なんてないわよ」
「それはモー子さんが私みたいに、失礼な態度を取ったり、迂闊な事をしたりしないからで……」
理由を述べる私を見つめていたモー子さんが再び溜息を吐く。なんだか敦賀さんの駄目息を思い出すのは何故かしら?
「モー子さん?」
「ねぇ。キョーコ?」
「?」
「あんた、何年か前から『敦賀さんから揶揄われる』って言い出したわよね?」
「そうなのよ。顔を合わせる度に『可愛いね』とか『綺麗になったね』とか言うんだもの! 私じゃなかったら本気にしちゃうわよ!」
「『何年か前に告白する気になって、それからアプローチ掛けてるんだけど、本気に受け取ってくれなくてね』って、敦賀さん言ってたんでしょう?」
「!」
「揶揄われるのが嫌で逃げるようにしてるって言ってたわよね、あんた」
「そりゃそうよ! 敦賀さんの冗談を他の人が聞いたら、周りの人達になんて言われるか!」
「『おまけに最近は避けられてるし、仕事が一緒になって、忙しくなってきた彼女とも頻繁に会えるのを楽しみにしていたけど、挨拶以外、会話もない始末なんだ』って言ってたんでしょ、敦賀さん」
「う、うん」
「敦賀さんが言ってた状況になっている女の子があんた以外に誰かいるの?」
「………」
「どうしてそんなに認めたくないのかしらねぇ。敦賀さんが好きな子って、あんた以外にいないじゃないの」
モー子さんの言葉と敦賀さんが出していた好きな子のサインを照らし合わせてみる。
『4歳年下』『16歳の高校生』『キョーコちゃんって名前で呼んでる』
ほら、やっぱり違うわよ。敦賀さんは私の事を『キョーコちゃん』なんて名前で呼んだりしないわ。仕事中以外は『最上さん』って最初から変わらずに苗字で呼ぶもの。
「やっぱり違うわよ、モー子さん」
自然に口元が緩んで笑みが浮かぶ。
「敦賀さんは私の事『最上さん』って呼ぶのよ? 『キョーコちゃん』なんて呼ばれた事ないんだから」
モー子さんの勘違いが可笑しくてくすくす笑い出した私に、モー子さんは痛いような表情をして溜息を吐いた。
敦賀さんが好きな子が私だなんて言い出すなんて、本当に変なモー子さん。
続く
やはり一筋縄ではいかない【ラブミー部員1号】でした★
キョーコの往生際の悪さは、蓮の比ではありませんねぇ。
蓮君、頑張れ~