「不安な夜 ９ 」
………。
久し振りに見た。
蓮が、蓮が、
ＣＤを聴いてる！
無言の会話拒否信号が出てる。
キョーコちゃん（だと蓮は知らないみたいだが）に告白した後の反応がないまま時間になってしまい、蓮の相談会はお流れになってしまったんだよなぁ。
あの時ほど、スケジュールの詰まった蓮を気の毒に思った事はなかった。
それにしてもあの時、キョーコちゃんは動きを停めたまま動かなくなってしまったけど、どうしてだろう？
俺の見たところ、キョーコちゃんも蓮のこと好きみたいなのに、一向に蓮のアプローチに靡かなくて、常々不思議だったんだよな。
生憎と今日はキョーコちゃんとの共演のドラマの収録がなくて逢えない日だし、キョーコちゃんのスケジュ－ルは何故か教えて貰えなくなったから、偶然を装って蓮と逢わせてやる裏ワザは完全に使えない。
まぁなぁ。
今の蓮にとって、キョーコちゃんの顔を見られるだけが嬉しいかどうかは、少々疑問な状態ではあるんだけどさ。
キョーコちゃんへの気持ちを隠さなくなった蓮を揶揄う事は、俺もあまりしなくなった。というか、出来なくなったというべきかも知れないんだけどさ。
蓮が人目も憚らずキョーコちゃんを口説くようになってから、キョーコちゃんの話題を振ると、恋人でもないのに惚気が始まるようになった。食事を作りに来てくれた料理が美味しかっただの、笑顔が可愛らしいだのくらいまでは良かったんだ。
蓮の口説きに青い顔になって周囲をキョロキョロ見回す仕草が可愛いだの言い出した頃から怪しいと思ったが、キョーコちゃんの挙動不審を捕まえて可愛いと言い出した蓮に、際限がないと感じたのは間違いじゃなかった。
穏やかな笑みを浮かべる蓮に相変わらず業界人もファンもキャーキャー言ってたけど、局やスタジオで、蕩けそうな顔でキョーコちゃんを見つめる蓮に、老若男女問わず顔を赤くするようになったもんなぁ。演技中は何度か見せた笑みも仕事以外じゃキョーコちゃんにしか見せない。『敦賀蓮の本物の笑顔は京子相手にしか出ない』という噂が密かに流れたのは、当然っちゃあ当然だったよな。
物思いに耽っていたら時間になった。
「蓮、時間だぞ」
肩を軽く突いてやると、顔を上げた蓮は物憂げで、音楽を聴いていた気配などまるでない。クチパクで『じ・か・ん』と繰り返すとヘッドホンを外して立ち上がった。
蓮が控室を出て行くと、思わず深い溜息が漏れた。
蓮の奴、わざと声を掛け難い雰囲気を作ってるよ。
『坊』と会っていた近くで姿を見られたのは拙かったかなぁ。
う～ん。
どうにも打開策が見つからなくて困っていた俺に、希望の光を投げ掛けてくれた女神はキョーコちゃんの親友だった。
蓮の撮影中に携帯に掛かってきた番号に見覚えはなかった。
手袋を装着しながらスタジオを出て通話ボタンを押すと、聞き覚えのある女性の声に驚いた。
《おはようございます、社さん》
「えっ……琴南さん？」
《はい》
「どうしたの、珍しいね」
《社さんのケーバンはキョーコから聞きました。あの、キョーコの事でお話があるんですけど……》
「キョーコちゃんの事で!?」
思わず食い付いた俺に琴南さんが引いた気配がした。
しまった！
ここで引かれると話が進まない。落ち着け、俺！
「ああ、ごめんね？ 渡りに船だったもんだからつい……」
《いえ…》
電波の向こうでは既に落ち着いた気配がする。昔からそうだったけど、クールだよなぁ、琴南さん。
「それで、電話で済ませられる話？ どっかで会う？」
《敦賀さんにも少しだけお時間取って頂きたいので……》
本当に珍しい事態が起こっているなぁ。キョーコちゃんとは違う意味で、極力蓮に近付かないようにしていた筈の琴南さんが、蓮にも時間を取れという。
自他共に認めるキョーコちゃんの親友は、態度ほどクールじゃないけど、自立した大人としてキョーコちゃんとも対等であろうとして、余分な手助けとかをしないタイプらしいから、蓮絡みの話に首を突っ込むのは初めての筈だ。
蓮が『坊』と遭遇してから日が浅い。もしかしたら、あの時停止したキョーコちゃんの反応の答えが解るかも知れない。
俺はテキパキと蓮のスケジュールを確認し、琴南さんとの待ち合わせを決めると、スタジオに戻った。
蓮の収録は間もなく終わり、次の仕事へ移動しながら琴南さんから入った電話の事を伝えた。
「琴南さんから話？」
「キョーコちゃんの事で、蓮にも同席して欲しいって言ってた」
「俺も、ですか？」
「キョーコちゃんの事らしいから」
蓮は暫く逡巡してから、小さく溜息を吐いて頷いた。
蓮のこういう逃げ腰な所がなぁ。
琴南さんの持ってくるキョーコちゃんの話ってなんだろう？
その話が、蓮とキョーコちゃんの現状を、少しでも進展させる事が出来る内容だと助かるんだけどなぁ。
続く
我ながら焦らしプレイしてますねぇ。
すみませｎm(_ _ )m