「不安な夜 10 」



 社さんから聞かされた琴南さんからの呼び出しは、最上さんの事で話があるという。
 俺が最上さんを好きだという事を知らないのは、当の本人ばかりなりな状態に陥っている。
 当然琴南さんも知っているだろう。噂とかじゃなくて、琴南さんはラブミー部室に出入りする俺を見ていて俺の気持ちなど気付いていただろう。今まで何を言うでもなく、俺が最上さんと親しくしていると割り込んでくる事さえあった琴南さんが、最上さんの事で俺に話って一体何だろう?
 疑問と不安を抱えながらも、仕事は仕事。尤も仕事中は、個人的な事など忘れてしまえるから、仕事に支障を来す事などないが。
 順調に仕事を片付けて、琴南さんを俺のマンションに招くわけにはいかないから、事務所で待ち合わせた。ラブミー部室だと最上さんが来るかも知れないからと、小会議室を借りた。社さんが買ってきてくれた飲み物を片手に話を始める。


「それで?」


 琴南さんの顔を見ると、琴南さんは何か考えているような表情で俺を見つめてから口を開いた。


「敦賀さんは、キョーコに好きな子の事、話した事あるんですか?」


「最上さんに、俺が好きな子の事?」


 こくりと頷く琴南さんに、俺は首を傾げた。最上さんを相手に好きな子の事を話したという経験は、ない。


「最上さんに向かって、俺が好きな子の話をした事なんてないよ。……俺が好きな子は最上さんだし。ここ何年か、口説いてるんだけど、最上さん本気にしてくれなくてどうしたら良いか悩んでるくらいなのに」


 思わず溜息が漏れた俺に、琴南さんも小さく溜息を吐いた。
 口元に指を当てて小声でぶつぶつ何事かを呟き、きゅっと唇を引き結んだ。


「キョーコは、敦賀さんに好きな相手がいる事を知っているんです。それが誰かは知らないみたいなんですけど、その相手を敦賀さんが譫言で『キョーコちゃん』て呼んでいたって言ってました」


「譫言?」


「なんだよ、蓮。譫言でキョーコちゃんを呼ぶくらい思い詰めてたのか? ってか、譫言で名前呼んでもキョーコちゃんは蓮が好きな相手が自分だと思わないわけ?」


 社さんの驚きは一入だ。


「キョーコの思い込みって半端じゃないんですよ。『敦賀さんにキョーコちゃんなんて呼ばれた事はない。いつも最上さんて呼ばれるもの』って言って……」


「まぁねぇ。面と向かって口説かれても『冗談は大概にして下さい。他の人なら本気にしますよ』って返してて本気に受け取らないくらいだしなぁ」


 社さんの同情に満ちた視線が注がれる。いつもの事で慣れた。

 慣れた自分が何やら空しいけど。

 それにしても、最上さんの前で譫言なんて言った事あったっけ?暫く考えてみて、ふと思い出した。


「記憶はないけど、譫言言ったとしたら考えられる機会は一度あったね。ただ、あの頃は好きな人いなかったんだけどな」


 それに『キョーコちゃん』と呼ぶとしたら、あの頃の事を思い出した時だけだろう。覚えてはいないけど、あの時に言ったんだろうか。
 ん?


「最上さんが仮に俺に好きな人がいると知っていたとしてもね? それが何故『キョーコちゃん』て譫言で呼んだ事と繋がるんだい?」


「え?」


 琴南さんは思いも掛けない事を聞いたという顔をしている。詳細の説明まではしなくても構わないだろう。少しくらいは話しても大丈夫かな。


「俺は覚えてないけどね? 少なくとも最上さんの前で譫言を言ったとすれば、代マネをして貰った時くらいなんだ。少なくとも、その頃に譫言で誰かの名前を呼んだとしても、好きなコってのは有り得ないんだけどね」


「……少なくとも、敦賀さんには『キョーコちゃん』て呼ぶ覚えのある女の子はいる、と?」


 流石に琴南さんは冷静だな。


「そうだね。子供の頃に一緒に遊んでて、俺が暑気あたりを起こした時に、面倒見てくれた子の名前が『キョーコちゃん』だったね」


 懐かしい想いに囚われて口元が緩む。正面にいた琴南さんも隣にいた社さんもぴきっと固まった。


「? 琴南さん?」


 声を掛けると、琴南さんも社さんもはっとした。琴南さんが僅かに視線を逸らしてコホッと小さく咳払いをして顔を戻す。


「これが噂の〝蕩けるような顔”なのね。私まで見惚れそうになったわ」


 小さく何やらぶつぶつと呟いた琴南さんが、ふと気付いたように表情を変え、そして、考え込んだ。


「琴南さん? それが何か関係あるのかい?」


「え、いえ。キョーコが、自分は敦賀さんに『キョーコちゃん』なんて呼ばれた事なんてないと言っていて、そのくせ敦賀さんが好きな相手の名前が『キョーコちゃん』だなんて言ってる根拠が何かな、と思ってたんですけど。もしかして敦賀さんの表情が原因かなって」


「表情?」


「小さい時に一緒に遊んだという『キョーコちゃん』の話をする時の敦賀さんの表情って、キョーコの事を話す時の表情と一緒ですよ」


「!」


 思わず息を呑んだ。同じ表情でって、確かに同じ表情になるだろうな。同じ相手だし。
 琴南さんと社さんの視線が集中してるな。


 さて、どうやって誤魔化そう?


  続く








 クリスマス・イブにお送りするには些か物足りないお話になりました(;^_^A

 いや~どうしよう∑(-x-;)

 うちの蓮さんてうっかりさんだわっ!