「不安な夜 11 」




 モー子さんに言われた言葉が引っ掛かりながらも、私はその正解を出す事を拒絶している自分に気付かないわけにはいかなかった。
 『トラジック・マーカー』のBJを演じる為にカイン・ヒールに成りすます敦賀さんをフォローする為に雪花・ヒールを演じた時に完全に鍵が壊れてしまった時、逃げ出そうとした。演技の為に自分の感情を育てろと社長さんに言われたけれど、愛される望みのない拒絶される事が前提の恋を育てる事に意味など見出せなかった。だから、敦賀さんの揶揄いは哀しかった。
 敦賀さんは私みたいな子供に本気で迫ったりしないって言ったもの。宣言された私が、敦賀さんに揶揄われても本気に受け取らない事がお解りだから、敦賀さんは私を揶揄って遊んでらっしゃるのよ。
 モー子さんは私が告げた事実を溜息を吐きながら聞いていたけど、やがて私の言い分に納得してくれたのか、何も言わなくなった。
 納得、してくれたと思ったのに、翌朝、モー子さんと一緒にモー子さんのマンションを出る時に言われた。


『認めるのが怖いからって、いつまでも逃げていちゃ駄目よ、キョーコ』


 別に事実を認める事からは逃げてなんていないのに、本当に変なモー子さん。
 大丈夫よ。
 私は間違っても、敦賀さんの思わせぶりな物言いに惑わされて誤解して、敦賀さんに好かれているなんて思い上がったりしないわ。
 そんな身の程知らずな真似はしないわ。私はあくまでも敦賀さんの事務所の後輩の一人。少し親しくさせて頂く機会があったのは、食欲中枢が麻痺している敦賀さんが食べられる料理が作れるから、それだけよ。
 敦賀さんが好きな子って選りにも選って私と同じ『キョーコ』って名前みたいだから、このまま敦賀さんがいつかその彼女とうまくいったら、私は増々傍にはいられなくなるわ。
 ああ、だから、敦賀さんは私のこと『最上さん』って呼び続けているんだわ。
 好きな子と混同したりしないように。
 将来彼女とうまくいった時、私の事を『キョーコちゃん』なんて呼んでいたら彼女に失礼だから。
 ほら、やっぱり敦賀さんが好きなのは私なんかじゃないじゃない。
 敦賀さんを好きになってしまった事は不覚だけれど、いつかこの想いが冷めるまで、自分の内に秘めて誰にも見せないようにしなきゃ。社長さんには気付かれたけど、当たって砕けて来いと言われたわけじゃないもの。隠し続けていても構わないわよね。
 誰かに想いを向けて応えて貰う事なんて、もう二度と期待しないわ。
 産みの母にも、子供の頃から一緒にいたショータローにも受け入れて貰えなかった私を、一体誰が受け入れてくれるというの。
 そんな有り得ない事に期待をして裏切られる苦痛など、二度と味わいたくない。
 そうよ。恋なんかに現を抜かしている暇なんて私にはないのよ。私は演技で自分を磨くの。

ショータローから離れるまでずっと抑え続けてきた自分を新しく作るんだもの。
 演技で自分を磨いて、自分という存在を確立するのよ。
 一つ一つ確実に積み上げていかなくちゃなんだから、まずは今出演しているドラマで苛め役のイメージから脱出よ!
 私は久し振りに昼間に取れた時間をラブミー部室で過ごすべく事務所に立ち寄った。
 タレント部に顔を出してスケジュールや新しいお仕事の確認をして、ラブミー部室に向かう途中で、小会議室へ連れだって入っていくモー子さんと敦賀さんを見掛けた。
 モー子さんが敦賀さんと?
 珍しい組み合わせだわ。
 モー子さんは何故か敦賀さんに近付く事を敬遠しているから、ツーショットなんて見る事ないのにな。
 あ、っと。
 他事に気を取られている場合じゃないわ。
 私がやるべき事は、ドラマの撮影で敦賀さんの足を引っ張らないような演技をする事。
 役作りは出来ているから、台詞を完璧に覚えなくちゃ。
 まだまだペーペー女優だけど、素人じゃないんだから、敦賀さんに引き摺られて演技させられるなんて事にはなりたくないわ。
 頑張るのよ、キョーコ!
 完璧な演技をすれば、敦賀さんだっていつまでも私を子供扱いして揶揄って遊ぶなんて事しなくなるに違いないんだから。


  続く









 むむっ゛(`ヘ´#)

 キョーコ,手強い!(ノ´▽`)ノ