7歳まで暮らした街
鈴蘭台。
 
最寄りの駅はここ
西鈴蘭台駅ではなく
鈴蘭台西口駅!
似てるけど違う駅です
しかも隣駅ってややこしいよね
 
 
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現在は無人駅になっているけど

駅舎の雰囲気も

改札の位置も階段も柵も当時のままで

うれしくて写真を撮ってもらった。

 

神戸の下町に生まれ育った母は

結婚して神戸市北区に新居を構え

人生初の神戸電鉄沿線暮らしとなり

幼いふじこによくぼやいていたのを覚えている

「神鉄って山の中を走るの。山ばっかりよ。」

結婚してJR加古川線沿いに暮らして初めて

当時の母の思いが理解できるようになったけれど

私にとってこの駅から祖母宅の長田駅までの

母とのお出かけは毎回楽しみで

靴を脱ぎ、座席に正座しながら

山ばっかりの車窓を眺めていた。

 

 

西口駅の坂道を少し上がると

一年だけ通った小学校がある

最近知ったのやけれど

鈴蘭台は昔、関西の軽井沢と呼ばれ

ふじこの通った鈴蘭台小学校は

ダンスホールがあった場所なんやそう。

元町よりも早く、鈴蘭台にダンスホールが完成してたって

すごくない??

その時代にタイムスリップしてみたい

ホールに通う人たちのドレスや車やお帽子は

どんなんやったんやろう?

ああ

見てみたい。

 

 

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西口駅前にも店舗がある

パン好きの母といつも行ってたパン屋さん

「ワールド」

食パンが美味しくて大好きやった

この女の子が袋にデザインされていたのも

よく覚えている

数十年ぶりに狭い店のドアを開け

菓子パンをいくつか買ってみたけど

やっぱり美味しくて、懐かしい味がした。

 

 

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ダンスホール跡に建つ学校に通い

小さな細い坂道をウキウキくだって下校する

当時の私に出会えた気がした鈴蘭台西口駅

 

そうや

私はいつも楽しかった

学校に行くのも家に帰るのも楽しかった

毎日毎日楽しかったことを思い出した。

 

 

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母が亡くなって一年。

不思議なんやけど

姿が見えなくなってからの方が

より身近に母を感じることができる

今たぶんこう言ってるんちゃうかな

そんな感覚も、どんどん研ぎ澄まされていく気がしてる

母に連れられて歩いた駅周辺に

40年ぶりに降り立ち

懐かしさと嬉しさで

暑さを忘れてはしゃいだあと

静かに心に残った確かな感覚

 

ずっと守られていた

ずっと愛されていた

そばにいるときもいないときも

お母さんが私の手を繋いでくれてた

 

 

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どんどん自分が本当の自分を見つけていく。

自然で簡単な行為のはずが

年齢を重ね

大人のくくりに入れられ

奥さんになりママになりするうち

ありのままを覆い隠して生きる癖を

積み重ねてしまってきた

本当はずっと昔から

私は私としてシンプルになりたかったのに

 

ふじこが生み育てた二人息子たちにも

あなたたちはあなたたちのままでいいと

もうええって!て呆れられるくらい

命ある限り伝えてたい。

 

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一周忌法要にて

親族の前で堂々と

大学4年生、21歳のてつをが描いた

 

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