ははは。はー。(ため息)
そりゃ、確かに誰もあたしに話しかけなくなるわ。
「でも。正直びっくりもした」
「ん?」
あたしはスプーンを加えながら、キョトンとしてしまう。
「あんな風に人前で堂々とやりたいこと宣言できるのって、勇気あるし、すごいよね」
ひまりちゃんがちょっと羨ましそうな顔であたしをみるもんだから、くすぐったいような恥ずかしい気持ちになって、あたしは全力で首を左右にふった。
「全然すごくないよ。失敗しちゃったし!」
「失敗したってすごいよ! っていうか失敗できるのがすごい。あたしは失敗したくないから怖くて逃げちゃう」
「失敗できるのがすごいか、それ名言だね。でも当事者としてはものすごーーく緊張してたし、昨日なんて眠れなかったよ」
「本当? ゆのちゃんでも?」
驚いたような顔のひまりちゃんに、あたしはポリポリと頬をかく。
「そうだよー。心臓飛び出すんじゃないかってずっと思ってた」
「ーーでも私だったら絶対にムリ」
「迷ったときは前に出ろ」
さみしそうに下を向くひまりちゃんを見て、なんか言わなくちゃって思ったら、つい口をついちゃった。
「え?」
「あと覚悟は人に伝染する……だったかな」
あたしはバックの中からノートを取り出す。
「これあたしの秘密兵器。読んだ本とか誰かに言われたことや、テレビで聞いた言葉とか。いいなって思った言葉はありったけ捕まえて採集してるんだ」
あたしはこれを『言葉の標本』って呼んでる。自分を元気にさせてくれた言葉とか、これは忘れたくないなって言葉をノートにメモってるの。
「最初はなんとなくはじめたんだけど、『文字』て力があって、それを見てると自然と勇気が沸いてくるんだよね」
緊張したときとか、もうダメだって落ち込んだときとか。
好きな物語の登場人物や知り合いが「大丈夫」「がんばれ!」って励ましてくれているみたいな気持ちになって。いつもこのノートが助けてもらってるんだ。
「自分が出会って捕まえた言葉だから、愛着があるっていうか。なんだろう…」
「お守りみたいなものなの、かな?」
通じた!
あたしは嬉しくなって胸が熱くなる。
「そう! そうなの! このお守りのお陰で一歩踏み出せるところがあると思うんだ」
そして一呼吸おいて、
あたしは改めてひまりちゃんに向き直る。
「それにね。あたしはひまりちゃんの方がスゴイと思う」
「えええ? あたしが!?」
驚くひまりちゃんにあたしは強く頷いた。
「赤松円馬が怖いのだって知ってるのに、一番最初に声をかけてくれたでしょ?」
「それは……ゆのちゃんと話がしてみたいなって思って」
恥ずかしそうに頬を染めるひまりちゃんの手にあたしはそっと触れる。
「すごく嬉しかった! あたしもひまりちゃんは自分の気持ちに真っ直ぐ行動できるスゴイ女の子だって思ったよ」
驚いたような顔をしていたひまりちゃんが、あたしの手を強く握り返してくれた。
「ありがとう。あたしも今日ゆのちゃんからもらった言葉、ノートにメモっておくね」
「ふふふ。あたしはもうメモったよ」
クスクスと二人で笑う。
サンキュー。
ひまりちゃんがあたしに言ってくれた言葉。大事に取っておくね。
「でもさ、ゆのちゃんが本を作りたいのはわかったんだけど、どうして雑誌なの?」
「どうしてって?」
突然聞かれてびっくりする。
「私も本が好きだし編集者になりたいって思ったこともあったけど、雑誌を作りたいなんて考えたことなかった。雑誌って、買ったこともあんまりないし。なんでゆのちゃんは雑誌がいいの? 本じゃダメなの?」
「んーと。その方が、ふつうの本を作るより、もっと楽しいと思ったから」
「そう……なの?」
うまくいえないけど、何とか伝えたくて。
一生懸命言葉を探す。
「えっとね……本をつくるのは個人戦、雑誌をつくるののは団体戦なんだって」
深呼吸して言葉を続ける。
「近くに本に関わる仕事をしている人がいてね。小学
校のころ編集部に連れて行ってもらったことがあるの」
忘れもしない。
あの時あたしは小学校1年だった。
当時のあたしはけっこう大人しくて、家で本ばかり読んでる子だった。
どうしても学校に行きたくなくて。
そしたらママが一度だけ、出版社に連れていってくれたんだ。
「すごい。出版社ってどんなところ?」
「おっかしーの。デスクに本と紙の束がタワーみたいに積み重なって雪崩が起きてたり。頭に冷えピタ貼って仕事してる人がいたり。『お腹すいたー!』って叫びながら、パソコン打ってる人がいるし。えええ? ここ日本!? って思っちゃった!」
しかもひまりちゃんにはいえないけど、原稿が全然終わってないのにママは逃げ出したんだよ!
そしたら鬼のように怒ったハルちゃんが、ママを見つけ出して会議室に閉じ込めたの! (缶詰っていうらしい!)
結局ママは原稿あがるまで一歩も会議室から出れなかったんだ。
「大の大人が『こっちの方が絶対に面白い』とか『カッコイイ』とか言い合って本気でケンカしてるんだよ! 誰もかれも真剣勝負してるみたいでスゴイ熱気だった」
「大人なのに子供みたいだね」
そう。
子供みたい。
みんなでひとつの雑誌を作っていく姿は、ギラギラキラキラしていて。
見てるだけでドキドキした。
「子供だったから邪魔にならないように隅の方にいたんだけど、大好きな本も読まずにずっと、働き蜂みたいにクルクル働く大人の姿を見てたんだ。そしたら本当に忙しいみたいで、みんながあたしに雑用を頼みだしたんだよね」
「ーー1年生なのに!?」
「修羅場中は、使えるモノは猫でも使う! っていわれて。ゲラっていわれる大きな紙に赤線引いたり、本当に簡単なことだったけど」
でもあたしも仲間に入れてもらえたような気がして嬉しくて。嬉しくて。
一生懸命手伝った。
あっという間に夜になって。
編集長が取ったくれたピザを、みんなでむさぼるように速攻で食べて。
また仕事。仕事。仕事。
印刷所から、本になる前の紙が出てくるたびに、編集部全員でチェックしてた。
全部に編集長の『責了』っていう「もうおしまい!」って印が押された封筒の束を印刷所の人が持って行ってくれた時には、「おわったー!」って全員で拍手しちゃった。
「その時のワクワクした気持ちを、ここではじめたくて。だからあたしはみんなで作る『雑誌』が作りたいんだ」
「そうやって本や雑誌はできるんだね」
「ね。ひまりちゃんもやらない?」
あたしの言葉にひまりちゃんはしばらく考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「そんな素敵な企画に誘ってくれてありがとう。聞いてるだけでワクワクする。ゆのちゃんのさっきの話から、今の雑誌の話って全部つながってるよね」
「え?」
さっきのってどれだ?
思ってたことが顔に出まくりなのか、ひまりちゃんはクスリと笑う。
「言葉の標本の話。ゆのちゃんは色んな元気の素をひとつにまとめたいんだね」
なんかハンマーで殴られたような衝撃!
そっか。自分でも気づかなかった。そんな気持ちも確かにあるのかも!
「それでね。話しを聞きながら、あたしは作るより、読む専門だなって思ったんだ」
「え……?」
自分の言葉をかみ締めるように続けるひまりちゃんの真剣さ。
誰にもいったことないんだけど……と前置きしてひまりちゃんはあたしを見つめる。
「実はあたし、本と同じくらいキレイな洋菓子が好きで。…今はパティシエになりたいの」
パティシエはケーキとか洋菓子を作る職人さん。
「だからあたしはゆのちゃんの雑誌のファン第一号になるね。創刊したらお祝いのケーキを焼くから楽しみにしてて」
「うん! ありがとう。あたしもひまりちゃんの夢、応援してる!」
やっぱりひまりちゃんってスゴイ。
簡単に自分を変えたり流されたりしない、強い人なんだなって尊敬する。
あたしもひまりちゃんに負けないように頑張ろう!
その時だった。
「白石さん」
うしろから担任の先生に呼び止められて、ふりかえった。。
ちょっとー! 今とってもいいところなのに!
あたしの青春の一ページが中途半端なところで終わっちゃたじゃない!
「先生、いまとってもいいところなんですけど……」
あたしが頬を膨らませると、先生はきっと眉を吊り上げる。
「なにわけがわからないこといってるの!」
ぎゃ。怒っちゃった!
いきなり落ちた雷に、あたしは反射的に身をすくめる。
「朝から足をすりむいてたし、赤松くんとのやりとりもあったんだから、いちど保健室に行くようにいったわよね?」
……まだ行ってない。
「先生、わたしが一緒に行きます」
ひまりちゃん、フォローありがとう!
ひまりちゃんの言葉に、先生が腕を組んで考え込む。
「桃瀬さん、ありがとう。でも先生が連れていくわ」
えーん。ガッカリ。
「お話は帰ってきてからゆっくりしなさいね」
先生はそういうと、あたしの手をむんんずと掴み、足早に歩き出した。
--------------------------
今日のぶんはここまでです。
バリバリ(死語?)に編集者やっていた頃なので、
「編集」についてつい熱く語ってしまっていますね。
編集の仕事は今でもコッソリ携わっていますが、
やっぱり大好きなお仕事です☆
さてさて。
明日は、いよいよしおりちゃんの登場です!
そして念のためのお願いです!