【6 銀の占い師と編集部、始動!】
 
 保健室に一歩足を踏み入れる。
 中からはうっすら薬品の匂いがして、あたしは思わず緊張しちゃう。
 だって病院とか縁がないし、怖いじゃん!
 外からはグラウンドを見下ろせるつくりになっていた。
 おかげで校庭で練習する部活の生徒や、ドッチをする帰宅部組の動きがよくわかる。
 狭い部屋だったので、そこに主がいないのは一目瞭然だ。
「あら宮沢先生は?」
「宮沢先生はお手洗いに行かれてます」
 よく通る神秘的な声が返ってくる。
「あら、銀(ぎん)野(の)さん。いま来たの?」
 先生が呼びかけたのは、前髪をまゆげの上でバッサリ切ったロングヘアの女の子。
 黒髪はつややかに光り、クッキリした猫目がゆっくりとこちらを見た。
「はい。今朝は体調が悪かったのですが、今日はおもしろいことがありそうだと占いで出たので、少しだけ学校に伺おうかと思いまして」
「そうだったの。まぁおもしろいことはあったわよね、白石さん?」
「あはは……まぁ」
 あたしは乾いた笑いで先生に答える。
「紹介するわね。こちらは、うちのクラスに転校してきた白石ゆのさん」
「はじめまして。白石ゆのです! よろしくお願いしますっ!」
 勢いよく頭を下げると、銀野さんもおっとりとした口調で続く。
「銀野しおりと申します。どうぞよろしく」
 銀野さんのしずしずとした流れる動作に、思わず見とれちゃう。
「銀野さん。悪いんだけど、宮沢先生が戻って来るまで白石さんに付き添ってもらって良いかしら?」
 一度も目をそらさず、じーっとあたしを見ていた銀野さんは、「はい」と頷いた。
 銀野さんって動きや表情が少なくてお人形みたいな、イメージだな。緊張する。
「じゃあお願いね」
 先生はそういうと、あたしを残して足速に去っていった。 
「ひざ」
「へ?」
「ひざのけが。大丈夫ですか?」
 突然ポツリとつぶやかれた言葉が自分に向けられたものだと気づき、慌ててあたしは背筋を伸ばす。
「あ! 全然! その、登校する時に自転車とぶつかった時に、転んでひざをすりむいちゃったみたいで」
 本当は赤松円馬との乱闘でできた傷の手当を…って追加のケガもあるんだけど、なるべくなら知られたくないので、ここは内緒。
 テへへと頭をかきながら笑うあたしの言葉に、銀野さんは目を大きく見開く。
「ーーすごい。占い通り」
「うらない?」
 返答はなく、ミステリアスに微笑む銀野さん。
 よく見ると銀野さんのの手には、不思議な柄のトランプが重ねられていた。
「わー。キレイな柄のトランプだね」
 あたしの言葉にキョトンとし、クスクスと笑い出した。
「え? あたしヘンなこといった?」
「いいえ。これはトランプじゃなくてタロットカード。…私の大切なお友達」
 愛おしそうにタロットカードをなでる銀野さんを見て、あたしも思わず声をあげちゃった!
「わかる。人間以外のお友達って、いいよね」
 あたしの言葉にこれ以上ないほど目を大きく見開いた銀野さんは、口元に両手をあて固まってしまっている。
「銀野さん、息してる?」
「ーーごめんなさい。うっかり息をするのを忘れてしまって。ふつうの人はこの子がお友達ってう、いやな顔をしたりするから」
 すごく残念そうに銀野さんが呟いているのを見て、あたしは思わず反論する。
「そんなことないと思うけど
 なー。『物』のお友達はずっと側にいてくれるでしょ? あたしの場合は絵本はなんだけど、子供の時からずっと側にいてくれる親友だもん」 
「ステキな話ね」
 そんな話をしながら、二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
「ね! もし良ければあたしも銀野さんの友達に入れてもらってもいい? もちろんタロットさんの次で」
 そう言うと、銀野さんはにっこりと微笑む。
「ええ。喜んで」
「やったー! あ! これは今本当に思いついて下心とかあるわけじゃないんだけど、あたしの自己紹介には続きがあるんだ」
 あたしは拳を握り締めると、意を決して口を開いた。
「あたし本が大好きで、この学園で雑誌を作ろうと思って。もし良ければ一緒に作らない?」
「雑誌?」
「そう! 世界で一番面白い本が作りたいって野望があるんだけど、まずはこの学校のみんながワクワクして次を楽しみするような、そんな雑誌が作りたいの。一緒にやろうよ!!」
 もし銀野さんが一緒にやってくれたら、やっと「編集部」って言える。
「ーーじゃあ、私は占いコーナーでも担当させてもらおうかしら」
「やったー!!!!!! 部員第一号だよ! ありがとう! 銀野さん、本当にありがとう!」
「しおり」
「へ?」
「これからはしおりって呼んで? ゆのちゃん」」
 名前で呼ばれるとぐっと距離が近づいた気がする。
 しおりちゃんの言葉にあたしは本当に嬉しくなって何度も頷いた。
 だからあたしは全然気づかなかったんだ。
「……たぶんあたなには私が一緒にいた方がいいみたいだし」
 しおりちゃんの不穏な一言に……。
「ところで、ゆのちゃんはどんな雑誌を作るの?」
「うーん、そこなんだよねぇ」
 学校のみんながワクワク楽しめちゃうような、学校行くのが楽しみになるような。そんな雑誌が作りたいんだけど、「コレ!」っていうのが実はない。
「星陵学園の新聞は、生徒会と連携して毎月発行されているわよ。すごく力があって毎月生徒全員に配られるの」
「すごっ!」
 王子はそんなところでがんばっているのか!
「もともと大人受けする硬派なものだったんだけど、そのせいでかんじんの生徒が離れちゃってたの。でも最近リニューアルして奇跡の復活したのよ。テストの当日の朝に配られる号外『やまかけ!』ってコーナーが人気」
『やまかけ』コーナーは言わずと知れたテストの山かけ。
「ここだけは抑えとけ」って内容らしいんだけど、漢字や英単語なんかカナリの確率で出るらしく、ここだけ抑えていれば赤点が免れると大人気なんだって。
「へー! それは面白いね!」
「1年の黒川くんが考えて通した企画なんですって」
「え! 王子が!?」
 握りしめた拳が震える。
 子供の頃から一緒だった王子の別の面を見たような。
 一緒にいない間に一人で着実に前に進んでしまっている王子に対して焦りみたいな気持ちが胸の中に渦巻く。
「ーー新聞が記事重視の作りなら、なおさらこっちは目玉の読み物系を入れたいな」
 こうなったらドキドキわくわくするような作品で、読者を掴むしかないでしょ!
「誰かいないかなぁ。目玉になりそうな人気者でマンガうまい人」
「占ってみましょうか?」
「お願いしてもいい?」
「ええ。もちろん」
 しおりちゃんは手馴れた仕草でタロットを取り出し、すばやく混ぜる。
「手をかざして」
 言われたまま手をかざし、目を閉じ。一枚カードを引く。
 そしてタロットをしおりちゃんに手渡すと、しおりちゃんは深く目を閉じる。
「ーー未来が視えた。青。青い色がキーポイント」
 青。
 なんじゃそりゃ。ぜんぜんわかんないよ。
「空にいるってことかな?」
 しおりちゃんはわからないというように、首をふる。
 青い服、青い名前。青い家。
「ありがとう! ちょっと調べてみる!」
 あたしはゆのちゃんの手を強く握り、対策を考えはじめたのだった。
 
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しおりちゃんとゆの。
まだぎこちない感じで懐かしい!
 

そして念のためのお願いです。

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