「せんぱあああああい!」
 良かった!
 まだ帰ってなかった!
「びっくりしたーっ。どうしたの子猫ちゃん」
「ありがとうございました! 原稿読みました」
「僕に早く会いたいからって戻ってきたの? 君の愛情表現はいつも熱烈だなぁ」
 自分の魅力が怖いっ。自らを抱きしめポーズをとっている先輩にあたしは間髪入れずに
 頭を下げた。
「先輩、申し訳ありません。書き直してくださいっ!!!!」
 ニコニコしていた先輩の目がすぅっと冷たくなる。
「え?」
「……全部読みました。このままじゃうちの雑誌には載せられません」
「ごめんね。確認するけどぉ、誰に向かって言ってるのかな?」
 ふだんは優しい瞳がみるみるナイフのように鋭くなっていく。
 でもあたしもここは譲れないよ!
「先輩の担当として言っています。この原稿では受け取れません!」
「俺の書いた物が欲しかったんでしょ。おまえはありがたがってもらってりゃいいんだよ」
 え? 俺!? 今いったの誰!?
 いつものチャライ先輩からは程遠い低い声にポカンとしてしまう。
「私が先輩にどんな雑誌でどんな原稿をお願いしたかったのかをちゃんと説明しなかったのが悪いんです。本当に申し訳ありませんでしたっ。でも」
「でもは結構」
「え?」
「別に先にコンセプトを聞いてたって君に渡すのは同じ物だったから安心して。それにきみは僕のことが好きになっちゃって、僕の人気者だから依頼してきたんだよね?」
「……」
 前半は激しく文句が言いたいけど、
 後半は言い返せない。
「直さない。そんな義理も義務もそもそもないしね」
「ーーお願いします。ただあたしは面白い原稿を読者に届けたいんです」
 そういって深々と頭を下げると、トウマ先輩はケラケラと笑い出した。
「面白い? あはははっ。それ君の主観でしょ? 僕のファンのことは僕が一番良く知ってる。女の子はわかりやすいものより、ミステリアスな一面を見たいんだよ」
 そうなのかな?
 あたしはトウマ先輩のファンのことはまだわからないけど。でも。
「あたしはそうは思いません」
 あたしの這いあがるような声に、教室を出ようとしていた先輩の足が止まる。
 そして振り返った時の壮絶な笑顔は今でも忘れられない、鬼が笑うとあんな感じかも。
「先輩。あたしは『アイドルとしての先輩』でなく『作家としての先輩』と話をしているんです。作家は名前だけじゃなく、作品で勝負しないとダメです。先輩はすでにファンもついていてすごい人かも知れないけど、そこに逃げたら新しい可能性なんてひとつも生まれない。先輩を知らない人に作品自体を好きになってもらわないと、せっかくの作品も死んでしまいます!」
 そこまでいうと先輩がつかつかと大股であたしの前にやってくる。
 そしてきれいな長い指であたしの頬を思いきり掴んだ!
「ーーこの僕を相手によく啖呵を切ったもんだ。ほめてあげるよ」
 怖い。
 ものすごく怖いよ。でもここで戦わないと後悔する。
「あたしは先輩に書き直してもらって、せっかく預かった小さな芽を守りたいんです」
「あっりがとう~。でも君に守ってもらわなくて大丈夫☆ーーそれ以上いうと、さすがの俺も怒るよ。ゆのちゃん?」
「いたいっ! いたたた! じょ、じょひには、やさしくするんひゃないんですか」
「この瞬間から俺の中できみは子羊ちゃんじゃなくなったんだよ」
 ぎゃー、殺される!
 このかた、人を殺しそうな目をしております!!!
「とにかく。もう二度と俺の前に姿を現すな」
 先輩がこんなにオソロシイ人だったなんて!!!
 白石ゆの。12才。
 今日が命日かも知れません。そのとき……
「ーーオトナ気ないんで落ち着いたらどうですか。先輩」
「王子!!!」
 眼鏡に手をかけクールに言い放ったのは、さっきケンかをした王子だ。
 どうして?
 怒ってもう帰っちゃったかと思ったのに。
「学園の王様は実は年下の転校生をいたぶる凶悪犯でしたって、新聞部のスクープとして告発してもいいんですよ」
「黒川王子くん。君とはいつかどこかで話さなきゃと思っていたんだよ、ゆっくりとね」
「女の名前はすべて覚えている学園の王様とも言われる青木先輩に、男でありながら名前を覚えて頂けるなんて光栄ですよ」
「きみは男子でも特別可愛いからね。僕のタイプだよ」
「吐き気がするのでご冗談でもやめてください」
 ぎゃー! 事態を収めるんじゃなくて、火に油を注いでどうする王子!
「黒川くん。そんな子放っておいて、僕と一緒に面白いことしない?」
「結構です。この手のかかる野性のイリオモテヤマネコの飼育で手一杯なので」
 ん?
 イリオモテヤマネコ?
 それってあたしのことか?
 でも天然記念物ってことだから、貴重なのか?
 ほめてるの?
 けなしてるの?
 キョロキョロとふたりを見つめる。
 そんなあたしの顔をみて、トウマ先輩は大きくため息をつくいた。
「ーーしらけた。ヤマネコをきちんと調教しておけよ」
 そう言って、先輩は今度こそ本当に教室から出ていった。
 ぺたり。
 無意識に座りこんでしまった。
 怖かったし、悔しかった。
 ーー何より自分に。
 あたしなめてた。描き直してもらうなんて、もっとチョロくて簡単だって思ってた。
 バカだ。大ばかだ!!
 王子が慌てたようにあたしのもとに駆け寄り、しゃがみ込む。
「大丈夫か? ケガは!?」
「大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」
 あたしの言葉を聞くと、王子は心底ホッとしたようだ。
「そうか。――良かった」
 あたしの手を取り、はき出すように安堵のため息をついた。
「作品を守るため、か。おまえよく言い返せたよな。普通だったら男でも引く迫力があった……ってゆの?」
 王子がぎょっとしてあたしを見つめる。
 緊張の糸がほどけて急に涙が出てきちゃったみたい。
「な、なんでもないからっ。これ、汗! 目から汗が出てるだけだからっ!」
 突然あふれ出す涙に、あたし自身が驚いちゃって。
 ブレザーのすそでなんどもぬぐうんだけど、止めどなくポロポロとあふれ出す。
「わー、たんま。ちょっと、なしっ。王子……やだ。見ないで」
 泣いてるところなんて王子に見られたくない!
 あたしのしぼりだすような願いを聞き、驚いたような顔をした王子をする。
「くそ、アイツ。絶対に許さない」
 なによ。やめてよ。
 いつもみたいに「だから俺が忠告しただろ」とか「バカ」とかいってよ。
 あたしは『かわいい女の子』なんかになりたくない。
 誰でも守れるような、『カッコいい女の子』になりたいのに。
 王子の優しさが胸に染みる。
 王子は静かにずっとあたしの頭を優しくなで続けてくれていた。
 あたしが泣き止むその時までーー。
「ふー。浮上した!」
「……あんだけ泣けばな」
 あれからどうやって帰ったのか覚えてないけど、家に帰ってからもあたしは泣き続けていた。
 でも思いきり泣いたせいか、スッキリ!
 いつまでも泣いてると、途中から『自分がかわいそう』って悲劇のヒロインスイッチが入っちゃうよね。
 ハルちゃんがそう。
 ママが原稿描いくれなくて、よく泣いてるんだけど、ママがそれを見て言ったんだ。
「そろそろ悲劇のヒロインスイッチ入るよ。原稿取れない私、なんてかわいそうって」
 ニヤニヤしてそんなこと言ううちのママは、本当に底意地の悪い嫌な奴だと思うけど、でもちょっとわかった。
 客観的にそれを見たら、もう恥ずかしくて!
 思いきり泣いたらすっかり切り
 替えるって、決めてるんだ。
 うん、メリハリが大事だよね、何事も。
「ほら」
 缶ジュースを差し出され、あたしは「サンキュ」と小さく言って受け取る。
 なんか。今になって恥ずかしくなってきた!!
 王子の肩にもたれて泣いてなかったか!? あたし。
「――ちょっと、びっくりした」
 ドキリ。
 あ、あたしもドキッとしたけど、それはホラなんて言うのっ!
 ちょっと普段の王子とは違う優しい一面にビックリしたって言うかなんていうか!!
 びっくりするくらい顔が赤くなる。
 王子がそっとあたしの耳元に唇を寄せて、ぼそりと呟いた。
「ーーおまえ、相変わらず泣き方汚いよな」
「!?」
 鈍器で殴られたような衝撃ですよ!
 言葉の狂気!
 あんぐり口を開けてマジマジと王子を見る。
 あたしの衝撃に気づいたらしく、王子が慌てる。
「や。汚いと言うか辞書で書いてある雄々しいというか。涙で顔がぐちゃぐちゃだし。男泣きってお前みたいな泣き方を言うのかなと思って」
 うっ、フォローされればされるほど、悪化してるような気がするんですけど!
 前言撤回!
 ちょっとでも見直したあたしがバカだった!!
「いっぺん死んでこい!!」
 王子に回し蹴りを炸裂させると、あたしは部屋にダッシュしたのだった。
 
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今日はここまで。
続きは明日またアップします!
 
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