【9 締切迫る!】

「どうしよう! 気がついたらあと二週間しかないっ!」
 今日は土曜日。
 うちは部室もない弱小編集部(弱小でも『編集部』っていえるなんて嬉しい!)なので、とりあえず我が家で第一回編集会議をおこなう予定なの。
 ピンポーンとブザーがなり、あたしは玄関へと急ぐ。
「おじゃましまーす」
「休みの日にありがとう! あがって」
 おっと、スリッパの用意を忘れちゃった!
 あたしがスリッパを用意している間、しおりちゃんは玄関に飾られたオブジェをウットリ眺めていた。
 わっ。これも隠そうと思ってたのに!
 うちのママの趣味で、各国の部族の仮面やら人形やらをもらってきては、上機嫌で玄関に飾るんだよね。あやしげな勧誘とかはコレで撃退できるらしいけど。それだけ普通の家には飾ってないってことじゃん!
「ごめん。引いた? ちょっと」
「全部ステキ。この子たちにはすべて強い魂が宿ってます」
 た…たましい!?  夜中トイレに行けなくなっちゃうよ! 怖いこといわないでええ!
「あ。黒川くん。本当にお隣さん同士なのね。こんにちは」
 あ、王子も来てくれたんだ。
 しおりちゃんの存在に気づくと、「しまった」と顔をしかめ、無愛想に軽く会釈する。
「くぉらっ! うちの大事な編集者にキチンと挨拶せんかい!」
 いつもとは逆にあたしが、王子にゲンコツを食らわそうとすると、王子はヒラリと交わして、逆にあたしの手を掴む。
「オマエが俺の質問にきちんと納得のいく回答をよこしたら、いくらでも挨拶して
 やる。一体なんのつもりなんだ」
「今日は第一回編集会議の日だよっ!」
「だ・か・ら。俺には関係ないだろ」
 そっけなく言い放つ王子に、あたしはカチンとして声を荒げる。
「手伝うって約束したじゃん!」
「約束してない! それに会議に出席とか、手伝うってレベルじゃないだろ? オマエが俺も主戦力として使う気満々なのが、俺には透けてみえる」
「でも!……ずっと夢だった最初の雑誌は、王子と一緒に作りたいんだもん」
 あたしの言葉に王子はぎょっとしたような顔をし、頬を赤らめる。
「~~いい加減、その無自覚天然な発言、なんとかしろ」
 お、およ? あたし変なこといった?
 王子が赤くなると、つられてあたしまで赤くなっちゃうんだけどっ。
「ふふふ。ゆのちゃんと黒川くん、本当に仲がいいのね」
 しおりちゃんの言葉に、二人そろって一斉に飛びのく。
「「ぜんぜん仲良くないっ!」」
 思わず声がそろって、さらにうろたえちゃう。
 わー! そんなことしてる場合じゃないしっ。
「ほら、時間ない! ミーティング!」
 空気を変えるべく、あたしは無駄に大きな声を出す。
 二人をリビングに案内し着席するのを確認すると、あたしはコホンと咳払いをした。

「それでは。第一回編集会議をはじめますっ」
 ジーン。
 これよ、これ!
 これがやりたかったの!
「時間の無駄。感動するのは後にして先に進めてください」
 王子のケチ!
 ちょっとくらい余韻に浸らせてくれたっていいじゃない!
 でも時間がないのは本当なので、あたしはキリッと前を見据える。


「文化祭まで、あと2週間。実際に印刷したり本のかたちに製本したりする時間も考えなきゃいけないから、本当にギリギリです!」
 二人の顔が二週間と聞いて引き締まる。
「今日中に、雑誌に載せる内容を決めて、来週からどんどん取材したり、文章書いたり、デザインしたり始めなきゃ!」
 あたしたち編集者がやる仕事って、実際は「本を作る」仕事ではあるんだけど、「ネタ探しをする人」「そのネタを一番目立つように仕掛ける人」って要素が強い。
 だから自分たちの頭のなかにあるアイデアや、「これなら読者が喜んでくれる」って物を、練って研ぎ澄まし形にするの。
 そしてその作った本を一番みんなに見てもらえる方法を考えるのも大事なお仕事なんだ。
 例えばマンガや小説だと、作家さんと編集さんで相談して「今回は見習い魔女っこ作品で勝負! だからイラストは魔女っこ系で人気の○○先生!」とか、決めて企画を立てるみたい。
 ファッション誌だったら「この春のコーディネート特集」とか企画を決めて、誰をモデルに使えばいいかとか、どんな切り口で紹介するかを考えて、作り上げていく。
 編集者が作ったり集めたりした素材を、デザイナーさんがカッコよくデザインしてくれたり、印刷所さんが印刷して雑誌の形にしてくれたりするんだよ。
 今回は、ハルちゃんにお願いして、デザインは手伝ってもらえることになってるんだ。
 印刷は全員に協力してもらって、うちのコピー機で印刷して作る予定。
 初心者のあたし達には、色々逆算すると本当にギリギリ。
 あたしは卓上カレンダーを見つめながら、どうしてもっと早く転入できなかったんだろうって、何度もため息をついたもん。
「ちょっと、これを見て」
 あたしはテーブルの上にばーんと紙を広げる。
「これは?」
 不思議そうに見つめるしおりちゃんに、王子が素早く説明する。
「台割っていって、簡単にいうと雑誌の設計図みたいなものだ」
 王子が黒縁めがねに指をかけ、ポーカーフェイスに言葉を続ける。
「雑誌を作るときは必ずこの『台割』を作る。それぞれの記事を単体でみると案外見落としたり、バランス悪かったりとかするから。いったん何ページに何がはいるかっていうのを全部ここに記す」
「ごめんなさい。ちょっとよくわからないかも…」
 王子と白紙の台割表を交互に見つめながら、しおりちゃんは下を向く。
 そりゃそうだよ! はじめて聞いた知らない単語と、見たこともない台割用紙を前に意説明されたら、誰だって戸惑っちゃうよ。あたしはあえて明るい声を出してしおりちゃんの前に白い紙を広げる。
「台割っていうとムズカシイけど、教室に貼られてる時間割と同じだと思うとわかりやすいかも」
「時間割表?」
 あたしは大きくうなずいて、書き記す。

○一時間目(一ページ目)/国語
○二時間目(2ページ目)/理科
○三時間目(3ページ目)/英語
○四時間目(4ページ目)/体育

 しおりちゃんは、ホッとした顔で声を弾ませる。
「わかった。各時間に勉強する教科と同じなのね。そのページにどんな内容が入るのかを記してあるのが、『台割』って事でいい?」
「そうなの! 雑誌の時間割表のことだよ!」
 王子はなまじ自分のレベルが高いから、説明が難しいんだよ!
 あたしの心の声が聞こえたのか、王子がちょっとだけムッとした顔をして、自分の持ってきたバックの名中から雑誌を一冊取り出した。
 なになに「雑誌で読む三国志」? 王子ったら、また硬派なものをっ!
「たとえば、この雑誌を見ながら説明するとだな」
 雑誌を広げて説明を続ける。
「この表紙のところを、専門用語で表1っていう。表紙の裏側は表2」
 しおりちゃんは、一言も聞き漏らさぬようにと思っているのか、真剣な顔で王子の言葉に耳を傾ける。
「で。次は雑誌を裏返すとだ」
 そういいながら、王子はクルッと雑誌を裏返す。
「今広告が載ってるページが表3、一番裏が表4だ。まあこれはそういうもんだと覚えておけ」
 しおりちゃんが眉をひそめたので、あたしは慌てて王子の手から雑誌をひったくり、しおりちゃんに手渡す。
「しおりちゃん、見て! この雑誌をモデルにものすごーく乱暴にいっちゃうと、この色がついてて他より紙が厚くて偉そうなところが、表1、表2、表3、表4っ」
 手触りを確かめながら、しおりちゃんはニッコリと微笑む。
「雑誌でも小説でも台割を作るのは同じだから、つばさ文庫を見ながら説明するね。この数字がページ数を、右の欄が、その内容を表しているの。このつばさ文庫だと、1にタイトルが入っている「扉」。2~3ページめは目次が入ってるよね。だから、ここには目次ってかくの」
 しおりちゃんはつばさ文庫を手にしながら、何度も自分で確認する。
「なんとなく。わかってきたかも。じゃあ新聞作りにも台割があるの?」
「いや。新聞はレイアウトを決めるけど、台割って形ではないな」
「じゃあ黒川君は、どうしてそんなに詳しいの?」
「小さいころから先生のそばにいるとな、自然と覚える」
「……先生?」
 ぎゃっ。王子! さらっと余計なことを言うんじゃない!
 しおりちゃんに気づかれないようにしつつ、テーブルの下から、王子の足を思い切り蹴飛ばした。
「特に雑誌っていうのは、たくさんページがあるし、たくさんの人数で一緒に作るものだからな。どのページに何が入るのか、だれがみてもはっきりとした設計図として、台割を作っておく必要があるんだよ」
「そうそう。これが雑誌を作っている間、これが編集者たちが共有する『夢が詰まった設計図』というわけ。そ・こ・でっ」
 ジャジャヤーン! と自分で効果音までつけ、台割を掲げた。
「さっそくあたし、台割切ってみましたっ。ふたりの分もあるから見てみてっ」
 王子としおりちゃんの前に、真新しい台割を置く。
 おそるおそる手に取るふたりは、絶句しちゃった。
「は? 打ち合わせもしないでか?………………しかもこれはおまえの妄想だろーっっっ!!!」
 だっていつか実現するなら、色々やってみたくって!
 台割に書かれているのは、『ぶきっちょさんのモテモテファッションレッスン』『絶対☆願いがかなうおまじない100!』『絶対みつからないカンニング方法』『恋に落ちるメール講座』とか。
 だってだって。絶対に女子は好きだと思う!
「ゆのちゃんっ。私、占いは得意だけどおまじないを百個も知らないっ」
「それにこの『モテモテファッション』やら『恋に落ちるメール講座』って、まさかオマエが担当するんじゃないよな? 俺に果たし状だと勘違いされるメールを送ってきたオマエが!」
 うっ。企画自体は楽しいけど、確かに誰が作るんだ。コレ!?

「面白そうだな。俺もまぜてくれよ」
 突然リビングに聞こえた珍客の声に、あたしはギョッとする。
「赤松円馬? なんでうちにいるの!?」
「ママがどうぞ~って上がってもらったのよー」
 ママ! 余計なことするんじゃないっ!
 ハルちゃんも止めてよおおおおお!
「そもそもなんでウチがわかったの!?」
「俺を誰だと思ってるんだよ。全生徒の家族構成・連絡先くらい把握してるさ」
 赤いスマホをもてあそびなら、エンマは不適に笑う。
 ぎゃー! 怖いっ。本当に学園全員の情報握ってるっ。
 ひなこちゃんのいってた通りだ!
「そんなことよりっ。ゆのちゃん、ひどい! 転校初日にパンくわえて走ってるところを、エンマくんの自転車とぶつかったんだって? きゃーっ! ボーイミーツガールじゃないっ! なんでそんな面白いこと教えてくれなかったのっ!」
 ハルちゃんがハンカチを手にくねくねしている。興奮しているときのクセなんだ。
 これ美形だから許されてるけど、大の大人が(しかも男!)だよ?
 普通だったら気持ち悪いよ!
 もーっ! こうやって根掘り葉掘り聞かれるから、いわなかったんだよ!
「しかもあんた遅刻したくなくて自転車横取りして、置き去りにしたんだって?」
 ママは涙を浮かべて大笑いし「やー。時計細工して良かったわっ」だって!!
「ちょっ……おまえ、それはダメだろう!」
「うっ…で、でも元をたどれば、ママたちが時計に細工したからでしょ!」
 あれさえなければ、赤松円馬と乱闘もせず、
 あたしのスクールライフは順風満帆のはずだったんだから!
「細工ぅ? これがあたしの仕事。悔しかったらあたしより稼いでから文句をいいな」
「~~~~っ!」
 頭にきたー! あたしがママにいい返そうとすると、突然ハレツしたような笑い声にギョッとする。
「やっぱり。俺が思った通りだ。おもしれー」
 ヒイヒイいいながら、お腹を抱えて笑う円馬に、あたしはムッとする。
「自転車を強引に借りたのはここで誤る。ごめんなさい。でもわざわざ家に押しかけて着てまで、文句いわなくてもいいじゃない!」

「俺、別に文句言いに来たわけじゃない」
 と冷静なエンマの声に遮られる。
「へ?」
 ここで初めてとエンマをみた。
 そういえばコイツをんマジマジと見るのって初めてかも。
 明るめの色にツンツンと尖っていて、何考えてるかわかんない不敵な笑みを浮かべる口元からは、八重歯が見える。
 王子がクールな黒王子って言われるなら、この人は地獄の炎をまとうえん魔様ってところかな。
 黙って立ってればカッコイイのに、邪悪な性格が災いしてあたしには不良にしか見えませんがねっ!
「最近誰も俺に刃向かわなくなって超つまんなくてさ。この俺に殴りかかってくる奴がきたのも面白かった」
 入学して1年で敵なしってのがマジ怖いんですけど!
「しかもいちごパンツのまわりにはヒミツがたくさんありそうだしな」
 ギクリ。
 ヒミツの多い人生ですので、どうかそっとしておいてください。
「……っていうかなんだよ『いちごパンツ』って」
 地を這うような王子の声。
「この女が俺に見せてきたんだよ」
 意地悪そうにエンマが言う。
「ぶつかって尻餅をついただけでしょ!」
「いつまでも座り込んでて? あれは見せてただろ」
「ばかじゃないの! 見せるわけないでしょ! あんた誤解をうむようなことこれ以上いったらまた蹴り飛ばすわよ!」
「……見せたのか?」
「見せるわけないでしょおおおお!」
 あたしが王子とエンマを蹴り倒そうとしたそのとき!
「ーー落ちます」
 ギャーギャー騒ぐまわりの声とは対象敵な凜とした声に、一堂静まりかえる。
「こんなの占わなくてもわかります。このままではこの雑誌は確実に落ちます」

シーン。

 机をバシーンとたたき、冷静に告げるしおりちゃんの声の冷たさに、あたし達はフリーズした。
 しおりちゃん、ミステリアスな見た目とは裏腹にけっこう手洗いんですねっ。
「確かにこんな事やってる場合じゃなーい!」
 時間もないし人も足りないって時にケンかなんかしてたらダメだよね。

 今必要な物は何?
 時間?
 人?

 あたしは赤松円馬をじっと見つめる。
「アンタ毎日が超つまらないっていったよね? 編集部に入って。あたしがアンタの毎日を百倍面白くて、刺激的にしてあげる」
 挑むようなあたしの目を見て、ニヤリと赤松が笑う。
「いいね。面白そうだ」
「え? 自分から入ってくれるつもりで来てくれたの!?」
 しおりちゃんはあたしが勧誘したから、自主的な参加希望者って初じゃない!?
 一瞬感動して、エンマがウルトラ良い人に見えてきた!
「勘違いすんな。オマエの周りはヒミツが多そうだ。それを調べるのも悪くない」
 ガクッ。そんな理由か!
 でもこの際それでもいいっ!
 あたしはエンマにびしって人差し指をさし、胸をそらせた。
「望むところよ。かかってきなさい!」
 ヒューとママが口笛を吹き、しおりちゃんは「ゆのちゃん、カッコいい」と頬を染める。
 とにかく今は犬でも猫でもいいから、手が欲しい!
 それがエンマ大王さまの子供でもっ。


 我が編集部に新メンバー加入。
 学校一の情報通の不良・赤松円馬が加わったのだった。

 

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