【12章 完成】

「それで先輩は今日返事をくれるのね?」
「そう。もし先輩がわたしの話に乗ってくれたら」
 今日は教室を見に行ったけど先輩は欠席だった。
 ミヤ先輩に聞こうと思ったけど、ミヤ先輩も捕まらない。
「バックレたんだよ」
 興味なさそうにスマホをいじるエンマをジロリとにらむ。
「そこ! 同じ編集部員なんだから他人事みたいな顔しない!」
「だから。家から出てないみたいだぜ」
「え?」
 エンマはあたしとは目を合わせずにしゃべり続ける。
「コレで調べたんだよ。アイツの今日の動向。昨日から一歩も家から出てないぞ」
 エンマ、アンタ本当にすごい!
 すごいけど怖いっ!
 しおりちゃんがそっとあたしの肩に手を添える。
「ゆのちゃん、もう諦めよう」
 あたしは目を閉じ、口を開く。
 そしてゆっくりとみんなを見渡した。

 優しくて。でも怒ると一番怖いしおりちゃん。
 口は悪いけど情報通で、一番仕事の早いエンマ。
 いつもあたしを支えてくれる頼もしい好敵手・王子。

 全力で走って手に入れたあたしの、宝物。
 あたしは大きく深呼吸すると、かばんから新しい台割をみんなに配る。
「直前に変更してごめん。これ新しい台割。トウマ先輩のマンガは外して、それ以外で進めよう」
「えええええええ?」
 目を丸くして驚くしおりちゃん。
 ひゅーっと口笛をふき、試すようにあたしをみるエンマ。
 そしてあたしの決断を静かに聞いている王子。
「トウマ先輩が自分で宣伝してたから、先輩のマンガが読みたいって期待してる女子はオマエが思うより多いぞ。たぶんクレームが来るのは確実だと思う。それでも今回は掲載しない、それでいいんだな?」
 念を押すような王子の声。
 ごくりとあたしは唾を飲み込み、大きく頷く。
「うん。それでいい。そのかわり、このまえエンマが教えてくれたこの学園の七不思議。とりあえず最初の8Pはそのネタで引っ張ろうと思う」
「だって今からは絶対にムリよ!」
 しおりちゃんの悲鳴のような声にあたしは、強気に微笑んだ。
「大丈夫。昨日先輩の家から帰る前に学校に戻って、エンマから聞いた七不思議のスポットはまわったの。デジカメで写真とってきたから、見てくれる? トウマ先輩のマンガはそれに差し替えます」
 学校の心霊スポットめぐりはあたしが記事を書いたから、何とかそれでページは埋まる。
「ゆのちゃん、いつのまに」
「独断でごめん。でも決めたから。これで調整をつけて学園祭に間に合わそう!」
 王子がいっていた。
 あたしも新聞部の部長と同じ。
 最後は編集長のあたしが決める!
 全員が地から強く頷いたその時ーー。

「ちょーぉっと待ってくれる?」
 シリアスな雰囲気をぶち壊すような軽薄な声に、全員が声の主を見た。
「トウマ先輩!」
「きっらーん☆ 主役登場! 巻頭は学園のプリンスこと青木トウマ様のページだよ☆」
 そういって先輩があたしに原稿をを手渡した。
「少女まんがってはじめて描いたけど面白いね! 考えてみたら僕って二十四時間女の子のことしか考えてないし♪」
「……それってほめられません」
「でも本当、考えだしたら止まらなくなっちゃってーー正直わくわくしたよ」
 軽薄な先輩の最後の言葉の重みにあたしはハッとする。
 先輩はあたしにウィンクし、目で読むように促した。
「読んでもいいんですすか?」
「もちろん。まだ下絵だけど、まずは担当のゆのちゃんに見てもらおうと思ってね」

 差し出された原稿。
 いつものパーフェクト星キラキラスマイルだけど、先輩の目の下に隈ができてる。
 きっと徹夜で頑張ってくれたんだ。
 緩むな、涙腺!
 あたしは目をゴシゴシとこすりならが、先輩からもらった下絵に目を通した。

 それはこの学園を舞台にした女の子と男の恋の物語。
 ちゃらい先輩からは想像もつかないような、一途な女の子が主役の物語だ。

 すごい。
 すごい。
 すっごい!

「先輩! これすごい面白いです! めちゃくちゃキュンキュンします!」
「でしょ! ああんっ、僕も自分の新たな才能が怖いっ!」
 先輩が得意の決めポーズを決めると、みんなが集まってくる。
「どんな話なんだよ?」
 情報を聞き逃すまいとスマホを片手に聞くエンマに、トウマ先輩はにっこりと微笑む。
「どんな話かっていうとね☆ 美人でクールで黒のお姫様っていわれてる主人公が、ヤンチャで夢と態度だけが異常にでかい幼馴染ににずーっと片思いしてて、でもスキっていえなくてつい意地悪しちゃうってお話だよっ」
 あらすじを聞いた瞬間、王子がブーっと盛大にコーヒーを噴出す。
「ぎゃーっ! 王子! 汚いっ!」
 原稿にコーヒーがかかったらどうするの!
 今回いろいろ助けて恩人だろうが、そうなったらその場でしばき倒す!!
「どんなのがいいかなぁって考えてたら、ちょうど参考になりそうな例があって」
 ちらりと先輩が王子を見たが、あたしは興奮していて全然気づかなかった。
「えええ? これって実話がもとなんですか?」
「――え? ゆのちゃん。本気でいってるの?」
 と、しおりちゃん。
 エンマまでスマホをヒラヒラと振りながら、「そのネタは調べるまでもなかったぞ」だって。
「そんなにこの学園で有名な話なの!? もしかして知らないのはあたしだけ?」
 いやいやいや、となぜかトウマ先輩がニヤニヤしがら首を振る。
「大丈夫。ここにいる人以外には知られていないと思うからーーたぶん」
「よかったー。恥ずかしながら生まれてこのかた恋愛とかあんまり興味なくって」
「ーーだってよ。黒川。残念だな」
 エンマがポンポンと王子の両肩を叩く。
「俺にふるなっ」
 心底楽しそうに微笑むトウマ先輩はさらに嬉々と言葉を続ける。
「この話はねぇ、実話も実話。超身近な人物をもとにしているんだよっ 主人公は誰だと思う? 三択にしようか。その一~」
「――先輩! とにかく作業に入りましょう! 俺手伝いますからっ」
 いつもはクールな王子が先輩を羽交い締めにし、突然止めに入る。
「黒川旺司のこんな顔が見れるなら、今回頑張って良かったなぁ」
 しみじみとつぶやくトウマ先輩に、王子がさらに目をむく。
「トウマ先輩、もっと詳しく知りたいです!」
「僕も言いたい~ー」
「言わなくいい!」
 ギャーギャーと大騒ぎしていると、

 バン!

 しおりちゃんがテーブルを強く戦う。
「じゃあしい! 間に合わんで! とっととはじめんかい!」

 ひーっ! 怖い!
 全員が尻尾を丸める。
 清楚でミステリアスなしおりちゃんにこんな一面があるなんて!
「担当のOKもらったから、ここからは君たちにも手伝ってもらうよ?」
「えええ?」
「さぁ。僕の可愛い下僕たちっ。働くが良いっ!」

 ぎゃー!
 トウマ先輩、今日も絶好調だ!
 あたしも負けてらんないんだからっ。
 くずぐったいような嬉しさと、新たな闘志をみなぎらせ、あたしはペンを手に取ったのだった。



 実はそこからはほとんど記憶がありません。
 だってそこは小学校の時に一度だけ訪れた修羅場中の編集部と同じだったから。

 我が家に缶詰状態になって原稿を仕上げていく先輩。
 でもすぐなまけようとするから、鬼の形相で目を光らせつつ、他の作業もこなしていく。

 ドラマでみる編集者さんって、手土産持っていつも原稿取りに行ってるイメージだけど、実際の仕事はそれだけじゃいんだよ!
 先輩からもらった下絵(ネームっていうんだ)に書いてある台詞をパソコンで打ち、噴出しにいれる文字を作る。
 セリフとモノローグは文字を変えたり、セリフによって文字の大きさを調整したりしながら、まっすぐ手で貼るという超地味な作業。
 もちろん先輩のマンガ以外にもページはあるから、各自記事を書いたり作ったり。
 今回はハルちゃんが特別に手伝ってくれて、パソコンでデザインをしてくれたから、すごく豪華! 
 出来上がったページを蛍光ペンで塗りつぶしていくんだけど、どんどん色がついていくのは本当に快感!

 しおりちゃんの下半期のタロット占い。
 エンマの『知らなきゃ損する、学園の利用法』。
 そしてトウマ先輩の胸キュンキュンマンガ『カタコイ』。
 王子も部員じゃないっていいながら、一番最後までトウマ先輩のマンガのアシスタントをしてくれた。

 できたっ。
 全部で16の新雑誌。
 印刷する前の原本を感慨深い気持ちで見つめる。
 これがあたしの。あたしたちの雑誌!
 「うあああああん。間に合ったよ! やったよー!」

 あたしの大切な宝物。
 みんなの力が終結されて一冊になった。
 あたしは雑誌を抱きしめて、子供のように号泣してしまった。



「……ゆのちゃん眠っちゃった」
「あいつは昔から電池が切れたみたいに突然落ちるから」
 王子はポーカーフェイスで告げ、肩にそっと毛布をかける。
「ははは。白目むいてる。本当おもしれーやつ」
「でも。そこがかわいいかも」
 円馬があたしの頬をつつき、トウマ先輩があたしの頭をなでたみたいだけど、爆睡中のあたしは気づかない。
 実はあたしは緊張の糸がぷっつり切れて、倒れこむように爆睡しちゃったみたい。
 そのあとの製本って呼ばれる印刷作業がすごーーーく大変だったって、その後こってり怒られるのは後日談。
 でもね。みんなあたしを気遣って、寝ているあたしを誰も起こさなかったんだよ。

「ーーなんかこの雑誌のタイトル通りだったな」
 新しく生まれた雑誌の名前は『パーティー』。
 人と人との隔を全部取っ払い、充実し、魅力的な人間関係をつくる場所。
「うん、確かにピッタリだ」
 そういってみんな満足したように、クスクスと笑い出す。
「みんなお疲れさま。ピチピチの若い力が結集する美しい姿! まるでNHKのドキュメントを見てるようで感動しちゃった! ピザ取ったからジャンジャン食べてってね」
 携帯を手にしたハルちゃんがウィンクする。
「ふふふ。ゆのちゃんには申し訳ないけど主役はおいといて乾杯しますか!」
「久しぶりにうまい飯が食えそうだ」
「ちょっと待ってよぉ! 主役は僕だって!」
 ぷぅっと可愛く頬を膨らませるトウマ先輩。
「残念だけど、食べ物の匂いがしたら速攻起きますよ、コイツ」
 王子の言葉にみんなが一斉に笑いだす。

 こうして記念すべき『パーティー』創刊号が生まれたのだった。

 

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本日はここまで。

本よりサクッと原稿もあがります。

投稿時の規定枚数内でおさめる事情もあったのですが、

本の方がトウマ先輩の原稿を取ることや、雑誌作りがより

大変なことになっています。(笑)

 

今回も転載&コピーはNGでお願いいたします☆