考えるということ 2 | フラクタルの森 玄明 陰陽学  

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考えるということ 2

考えるということを考えてみよう
前に、考えるという中に思うということも入っていると書いた
左脳的な思考と、右脳的な思考
知覚的な思考と、感覚的な思考とあると思うけれど
きちんと分かれているモノでも無いだろう


思うだけなら、今持っている情報や知識だけで反応しているだけかもしれない
考えるにしてもそのためには材料が要る
情報や知識を新たに取り入れなければ、その考えは薄っぺらなものになるだろう

幼少のころから比べて大人になると情報量も増え、その考えも深みが増してきて安定したものになって行く
情報量が増え、経験も加わり、固まってくるのだろうが、ただ、固まるということは安定はするけれど、柔軟性が無くなることでもある

なんであれ、常識と言われるものは変化する
日常的なことであれ、科学的なことであれ、変化するというか進化して行くはずだ
しかし、退化するものも有る
IT関連のことなど、集積できる情報が膨大になるにつれ、様々な信じ難いようなことも可能になっている
情報の集積だけなら、時間をかけて積み重ねれば理解できるけれど
そうでないモノも沢山ある

例えば、この世と言われる世界とは違った世界が有るという
あの世の存在にしても神の存在にしても、昔は常識に近かったろう
しかし、今は、違う
大半の人々があの世も神も否定している
ただ、確信しているような人は少ないようだ

その原因は、教育の世界では、あの世も神も扱われず、迷信的なモノとして扱われているからだろう
昔の儒教などでは、道徳として目には見えない世界のことを扱うことで教育の中にあの世も神の存在もあった

この日本では、結局、無宗教の人たちが増えてしまっている
その世界観が常識に近づいているのだろう

ただ、あのイスラエルとパレスチナの人々は、まだ、一神教の人たちが多いようだ
ユダヤ教とイスラム教、その時代をつないだキリスト教
無宗教も一種の一神教である
主なる神が存在する
自分自身であるか唯物論(お金など)であるか、何らかのコト、モノを主としている

しかし、これら宗教の違いで紛争が起きているわけではない
もちろん、その教えなどから端を発しているのだろうが、大きな原因は利害の対立である
大戦後、ユダヤ人がパレスチナの地にイスラエルを建国し、元々住んでいた人々を追い払うことをしてきた
その中で、大きな犠牲が生まれその怨念が今になっても広がりつつある

この解決方法は、強い方が弱い方をせん滅するか、融和するか、もしくは
元の状態に戻すしかない
この過程で積み重なった怨念という情報は消し難いものが有る以上、選ばれる解決法は限られてくる

ただ、南アフリカの人種差別、アパルトヘイトということが有ったけれど
マンデラという指導者の下で解決できたことに習うべきだろう
具体的にどのような方法で行われたのか知らないけれど、実績として残っている

利害の対立が宗教対立のようになって泥沼化しているのであれば、まず宗教の融和が必要だろう
南アフリカはどんな宗教対立が有ったのか知らないけれど、イスラエルの問題は宗教を含めて周辺国を巻き込み、世界大戦へと向かう方向に有るだろう
アメリカのバイデン政権の愚策は、日本の岸田政権を巻き込み、まさに、世界大戦に向かうべく舵を切っている

本当なら、利害対立も宗教対立も、少し深く考えるだけで解決可能のはずだ

多くの人々の中にある、凝り固まった宗教観、そして、本質的な利害の元にある善悪の基準、これらを教え諭すことのできる「法」が、今、この地上に降ろされている

世界宗教であるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教の奥にある主なる存在が、呼び名は違い時代環境のために大きな違いがあるように見えるけれど、その根源にはエル・カンターレという存在が在る
天なる父もアラーもエロヒムも毘盧遮那仏も霊的世界に有るエル・カンターレという霊的存在であるという教え(情報)が降ろされている
日本神道の遥かな起源に存在した天御祖神もその意識である
世界の宗教の上流には、エルカンターレという至高神の存在が在るという
このことを知り、信じることが出来るなら宗教対立など起こりようが無い

後は、利害の対立だが、これら世界宗教に共通する普遍の法則を知り理解できるなら解決するのは簡単だ

繁栄、発展の法則も幸福の法則も全てつながっている
あらゆる価値の根源には、お役に立ちたいという思いがあり、その愛の思いが全ての存在の元に在る