ヨブセヨ?ヨブセヨ?
 「オンマ どうしたの?」
秋夕にも帰らないウンスを
気にかけて電話してきたことぐらい
ほんとはウンスにも わかっていた

「わかっているわよ。
 しかたないじゃない
ほんとに 仕事が立て込んでいるの。

うんうん お墓参りには
そのうち必ずいくから。
心配ないわよ 
いくつだと思ってるの?
はいはい 私は大丈夫よ
 ケンチャナ ケンチャナ
 寒くなってきたから
アッパもオンマもからだに気をつけてね。
  え じゃがいもを送ったの?
週末は講演会で家にはいないのよ
 うん まあなんとかうけとるから
荷物が着いたらメールするわ
 はいはい またね。」


早々に電話を切りあたりを見回す
どうも自分は知らぬ間に眠っていたようだ・・・
木製の壁時計の針は11時をまわっている
え~っと 帰ってきて 疲れたから手早くお風呂に入ってから
ワインを飲んでいた ことまでは覚えているんだけど
またうたた寝したみたいだ 
ウンスは ふぅとため息をもらした

30過ぎた娘にあれこれ心配し過ぎるオンマ
娘は私ひとりきり 母の気持ちもわからないでもないが

そうか・・・もうそんな季節か・・・


また秋が巡り来る



*******


姉は ウンスより5歳年上
陶磁器のような透明な肌はこころなしか青白かった
薄い桜色の唇からはころころと響く静かでやさしい声


生まれた時から心臓を患い いつも病院のベッドにいた
ウンスが会うのは週末病院での短時間

母は看病のため一日の大半を姉の病室で過ごし
家に帰るといつも沈み込む毎日 食事を作ろうにも気力もなく 
ただ台所で声を殺して泣いているのをよく見かけた
父が心配そうに母を覗き込む  なす術もなくかける言葉もない
父はウンスに気がつくと
 「ウンスすまないねぇ」といつも同じ台詞を言うのだった
口数の少ない優しい父親に
   ケンチャナ
と笑って答えた

ウンスは両親に心配をかけないよう
寂しいという気持ちを押し殺して日々を過ごしていた

たとえ母に優しい言葉をかけてもらえなくても
母が姉の方しか向いてなくても
じっと 歯をくいしばり笑顔でいた

つらい時こそ笑おう

感情を隠してしまうくせがついたのは
この頃の経験からだとウンスは思っていた

姉の病気が良くなることはなく
どうか今年も無事に過ぎますようにと祈る毎日


焦燥感と疲労感が家族を覆う日々が 
何年も何年も続いている・・



ある日ウンスがお見舞いにいくと姉は小さな髪飾りをくれた
碧色のきらきらしたビーズがついているお手製のきれいな髪飾り

ベッドの上で姉が作ったものだろうか?

   ごめんね・・・ウンス オンマを独り占めにして
   ごめんね・・・寂しい思いをさせたよね

振り絞るようにつぶやきながら姉は泣いていた

   ケンチャナ

泣いてる姿も美しいなんてずるい
ぼんやりそんなことを思っていた

  
   いつかオンマに伝えて
   来世では きっと元気な女の子になるから
   そしてまたオンマの娘に生まれたいって・・・

10歳のウンスには 姉の言葉がひどく恐ろしく感じ
ただだまって見つめているしかできない
病室から見える空も髪飾りとおなじ色をしていた

鮮明な記憶は後にも先にもこの一つきり
秋の澄んだ碧い空を見ると今でも胸がしめつけらる


姉は何を思って逝ったのだろう
心残りばかりの一生だったろうに
自分がいなくなった後の 母の心配ばかりしていた


10歳までのソウルの記憶は家族にはつらい記憶

オンマの心が壊れてしまったあの頃

大切な人を失う苦しみは言葉では言い尽くせない
感情がなくなったかのような どろんとした表情
起きているのか寝ているのかさえ
オンマにはどうでもいいことのようだった
心が凍りついたようでオンマまで失うのかと
ウンスは不安でたまらなかった

見かねた親戚が もう1人娘がいて良かったわねと 言ったとき
母はひどく憤慨し私の娘のかわりはどこにもいないと言った

オンマ 私もここにいるよ
オンマ 私にも気づいて

それは届かぬウンスの願い・・・
さみしいなんて口に出せない
だれにも頼っちゃだめ
心の奥底に なんどもなんどもいいきかせて 
笑顔でかわそうと幼心に誓った

電話の母の声がざわざわと押し寄せて
一瞬で あの頃の自分に引き戻されてしまう

ほんとうは誰よりも母に頼りたかった 甘えたかった
泣いてる私に気づいてと言いたかった
それが許される状況じゃないことぐらいわかっているから

素直に言葉にできなかった

ウンスの心を守るのは ウンス自身しかいないから・・・
ずっとそうやって生きてきた

小さく非力なウンスには母と心の距離を置くことでしか
自分の心を守れなかった

心の奥は笑顔に隠して 心に鎧を着せて
他人とは関わらないように 生きてきた


母が生きることを再びはじめたのは 
ソウルを離れ 空気のいい田舎で農場暮らしを選んだ 
姉がいなくなった三度目の秋の頃だった

こどもだったウンスは 母との暮らしが息苦しくて
進学のためと ひとりソウルの学校に戻ってきた


たぶん今でも
オンマはオンニの心を捜している
救えなかった贖罪なのか 
私にオンニを重ねてあれこれ心配している
私の中のオンニを見ている

ウンスは ずっとそう思えて仕方なかった

あの頃の自分に後悔が残る 結局何も出来なかった
心に寄り添うのは 簡単なことじゃない

母が心を取り戻したのかどうかさえ確かめるのが怖かった

愛するが故 遠ざけてしまった 一番大切なふたりを


自分自身を護るために
大切な人を護るために 
もっともっと 強くなりたい
もっともっと やさしくなりたい



************



もうすぐ日付が変わる
さっきのあの夢はウンスの心の鏡なのかもしれない
だれかに本当の自分を見つけてもらいたくて・・・


背の高い優しい目をした男(ひと)が
愛おしそうに 目を細めてウンスを見ていた

触れると自分が崩れてしまいそうな感覚
そのままでいいよ と言っている そんな気がした


疲れたときには 肩をかしてくれるかしら?
君はひとりじゃないよって言って抱きしめてくれるかしら?
意地っ張りで手がかかる私を黙って抱きしめてくれる

そんなあなたに会いたい・・・
  
夢の中の人を待ってどうなるというのだろう?
でも なぜだかわからないけど、どこかで出会えそうな予感がして
寂しい気持ちが少し和らぐ気がした


  そこにいる?

  某はここにいます・・・



************



ウンス ファイティン!! の気持ちをこめて
なかなか出会えないふたりにハラハラしながら

「今日よりも明日もっと」良いことがありますように・・・
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