2023年4月15日(土)の奈良の旅の続きです。

続いて向かったのは「安倍文殊院」。

大神神社から南下すること15分のはずでしたが・・・。


 

こちらが境内図です。

ナビが案内してくれたのは広い第1駐車場でしたが、

もしも空いているなら境内の中の駐車場に停めたいと、

道路の案内板を見ながらこの辺りを3分ほど迷走していました。

 

 

 

やはり曇天が幸いし、訪れる人も少なく、余裕で駐車できました。

ここだと目の前が受付なので楽なんです。

 

 

境内駐車場には⑫売店があり、ここで買いたい物があったのですが、

今はやっていないようだったので、駐車場の方に伺うと、

本堂受付で売っているということでホッとしました。

 

 

こちらで拝観料を支払います。

私たちは後ろに見えている金閣浮御堂も参拝したかったので、

本堂との共通参拝券1,200円を購入しました。

どちらかだけの場合は、各700円となります。

 

 

まずはAの本堂の参拝に向かいました。

途中、右手に④西古墳があり、中に入ってみました。

 

 

西古墳は、飛鳥時代に造立されたもので、

国の指定史跡の中でも、

特に重要である「特別史跡」に指定されています。

 

古墳の特別史跡指定は全国でも数件で、

明日香の石舞台古墳、キトラ古墳、高松塚古墳と共に、

こちらの境内には2ヶ所の史跡指定古墳があります。

 

この西古墳の内部は、

大化元年(645年)当時のまま保存されており、

石材は良質な花崗岩を加工し、

左右対称に石組みがされています。

 

また玄室の天井岩は一枚の石で、

中央部分はアーチ状に削られています。

古墳内部の築造技術の美しさは日本一とも・・・。

 

現在、この古墳には弘法大師が造ったと伝わる

「願掛け不動」がお祀りされていますが、

本来はこのお寺を創建した

安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)の墓と伝えられています。

写真がぼけてスミマセン。

 

 

本堂へ向かいます。

ここで安倍文殊院をご紹介します。

安倍文殊院は、東大寺の別格本山とされる華厳宗の寺院です。

 

 

大化元年(645年)、孝徳天皇から初代左大臣に任命され、

大化の改新を推進した安倍倉梯麻呂が、

安倍一族の氏寺として建立した安倍山崇敬寺(安倍寺)が始まり。

ですから、日本最古に属する寺院とも言われています。

 

 

安倍寺は東西に金堂と塔が建つ、法隆寺式伽藍配置の大寺院で、

現在の場所から南西約300mの地にありました。

平安時代末期に妙楽寺(現在の談山神社)の僧兵との争いによって焼失し、

現在の地に移転。

鎌倉時代には、28坊の塔頭(たっちゅう)寺院があったとされ、

東大寺や興福寺などと同様、

朝廷の崇敬を受けた15の寺院「大和十五大寺」の一つとして栄えました。

 

しかし、永禄6年(1563年)、戦国武将・松永久秀の兵火を受け、

伽藍のほとんどが焼失してしまい、

寛文5年(1665年)に現在の本堂が再建されました。

 

現在は、京都府宮津市の智恩寺「切戸の文殊」、

山形県高畠町の大聖寺「亀岡文殊」と並ぶ

日本三文殊の第一霊場として親しまれています。

 

本堂は七間四面の入母屋造りの本瓦葺に加え、

礼堂が附設しており、本堂奥に昭和48年に完成した

文殊菩薩を安置する大収蔵庫があります。

 

 

私が安倍文殊院を訪れた最大の目的は、

テレビで一目惚れしてしまった国宝・渡海文殊群像

ぜひ近くで拝見したいと思ったからでした。

ご対面の時は、私たち2人だけ。

写真はWebから拝借しました。

 

 

獅子に乗る文殊菩薩は、4人の脇士を従えています。

向かって左に頭巾をかぶった維摩居士(ゆいまこじ)と須菩提(しゅぼだい)、

向かって右に獅子の手綱を持つ優填王(うでんのう)と、

振り返る姿が愛らしい先導役の善財童子(ぜんざいどうじ)。

雲海を渡り、私たち衆生の魔を払い、

人々に智恵を授けるための説法の旅に出かける姿を表しています。

 

ご本尊は、「三人寄れば文殊の智恵」で知られる

騎獅(きし)文殊菩薩像。

鎌倉時代の大仏師・快慶によって造立された

日本最大の文殊さまで、高さは約7mあります。
右手に魔を断ち切るという降魔の利剣(ごうまのりけん)を、

左手に慈悲・慈愛を象徴する蓮華を持っています。

 

私は文殊さまを乗せている獅子の愛らしい姿に一目惚れ。

大きくて、たくましくて、可愛くて・・・。

 

 

文殊菩薩に向かって右側に立つ善財童子(ぜんざいどうじ)は、

「華厳経」入法界品に登場する純粋可憐な童子で、

文殊菩薩の教導を受け仏の悟りを得るために、

53名の善知識を歴参することで知られています。

 

渡海文殊群像では先導役となっており、

お顔は正面を向いていますが、本来は文殊菩薩に呼び止められ、

文殊菩薩を振り返りながら見ているお姿をされています。

 

 

高さ約1m35㎝のこの作品は、檜の寄木造りで作られた、

かすかに振り返る善財童子の立ち姿。

善財童子は幼い頃仏教に目覚め、

知恵ある人々を訪ね歩き修行に励みました。

それは悟りを目指す理想の姿だとされています。

 

本堂に入る時に、受付で拝観券を渡すと、

パンフレットと一緒にこの善財童子のハガキと、

「智恵のらくがん」をいただきました。

この落雁には、魔を払う五芒星が型押しされていて、

中には国産小豆のこし餡が詰められています。

 

 

文殊菩薩が乗る獅子の手綱を持つ優填王像(うでんのう)は、

西域・優填国の王であったと伝えられています。

華厳経の新訳本が優填国の僧によって成されるなど、

華厳経と優填国には密接な関係にあることから

執り入れられたものと思われています。

 

 

この国宝・渡海文殊群像は7mの高さがあるのですが、

実は私たちから見ると、8段くらいの壇上に安置されているので、

かなり見上げる感じで、さらに大きく感じられます。

でも、その段を上がって目の前で見ることもでき、

折角なので、ゆっくりと時間をかけて見てきました。

 

しばらくして、4~5人のお客様が見えたところで、

お寺の方が安倍文殊院や安置されている仏像等について、

わかりやすく、詳しく説明して下さって、よく理解できました。

 

安倍文殊院では、檀家を持たず、葬式も行わず、

厄除け等の祈祷だけを行っているお寺だということでした。

 

本堂を見学した後は、文殊池に浮かぶ金閣浮御堂へ。

 


 

金閣浮御堂には、この地で生まれたと伝わる

奈良時代の遣唐使・安倍仲麻呂像や、

平安時代に活躍した陰陽師の祖・安倍晴明像、

陰陽道に関する宝物などが祀られています。


 

御堂は「七まいり」という願掛けの修行場でもあります。
七難(災難)に遭わないよう、

魔除け・方位災難除けの神仏が安置されている御堂の回廊を

時計回りに7周し、1周ごとに「おさめ札」を納めて祈願します。

 

受付の際に、下のような立派なお札と、

お財布に入れておくとよいという御守りをいただきました。

 

 

祈願する時は、「○○しますように」「○○してください」ではなく、

災難を払うように「○○しないように」と願います。

例えば、「病気しないように」「事故に遭わないように」など。

7回別々のことでもよいし、同じことを7回願ってもよいとのこと。

 

安倍文殊院には、その他、見どころがたくさんあります。

 

 

文殊池のお隣、⑥は「花の広場」。

11月中旬~4月末頃までは、

パンジー8,000株を使った干支を描くジャンボ花絵が作成され、
9月中旬~10月末頃までは、

様々な品種のコスモスを使ったコスモス迷路が作成されます。

 

 

花の広場の横には不動堂。

 

 

⑦は「十一面観音」

 

 

苦しんでいる人をすぐに見つけるため、

頭上に十一のお顔があり、常に全方向を見守っています。

奈良時代から多く信仰され、延命、病気治癒などを願って

各地でお祀りされるようになりました。

 

 

こちらの十一面観音は昭和57年(1982年)に、この場所に建立され、

十一面観音の周りの側壁には四千五百体の奉納仏が祀られています。

 

⑨は「東古墳」

飛鳥時代に造立され、「閼伽井(あかい)の窟」とも呼ばれています。

 

 

閼伽井とは「閼伽水の井戸」の意で、

羨道(玄室と外部を結ぶ通路)の中程に、

古来より枯れることのない泉があったことが由来しています。

この泉の水は「閼伽水(智恵の水)」と言い、

法要等に使う清浄な水として使用されていました。

 

⑩は「白山堂」

室町時代の建立で、国の重要文化財にも指定されています。

御祭神は全国の白山神社に祀られる

白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神である

菊理媛神(くくりひめのかみ)で、安倍文殊院の鎮守。

 

 

白山信仰と陰陽道は古くより深く結びついたため、

安倍晴明ゆかりのこの地に白山神社の末社が勧請されました。

菊理媛神は古来より縁結びの神様としても信仰されています。

 

白山堂の右隣にある合格門をくぐって小さな山に登ります。

 

 

 

相変わらずの曇り空ですが、遠くの景色もまずまず見えました。

 

 

そして、眼下には先ほどご紹介した「花の広場」があり、

パンジー約8,000株で描かれた今年の干支のウサギさんが

見事に浮かび上がっていました。

 

 

そして、この丘の上には⑪の「清明堂」があります。

 

 

晴明堂は、平安時代の陰陽師・安倍晴明をお祀りしています。

安倍文殊院は、安倍一族の寺として、

古来より安倍晴明信仰の聖地の一つとして数えられています。

 

 

平成16年(2004年)、安倍晴明千回忌を迎えるにあたり、

二百年振りに晴明堂が再建されました。

 

 

正面にある「如意宝珠」は、いかなる願望も意のままに成就し、

また悪を払い、災難を防ぐ功徳があると信じられている玉です。

如意宝珠を撫で、魔除け方位災難除けを祈願します。

 

 

これで境内の散策はおしまい。

最後に本堂の受付に戻って、楽しみにしていた亀パンを購入しました。

こちらもテレビで見た時から、食べてみたいと思っていました。

1個300円です。紹介された時は、半分の値段だったような・・・。

 

 

焼きたての亀パンを急速冷凍しているそうで、

私たちはその場に用意されていた電子レンジでチンしていただきました。

 

 

由来書にも書いてありますが、生地と餡にカボチャが使われていて、

ほんのり甘い、美味しいパンでしたよ!

亀パン=噛めパンということで、よく噛んでいただきました。

 

安倍文殊院の散策はとても楽しく、気付けば1時間が過ぎていました。

あと2ヶ所の寺社めぐりを予定していましたが、

どちらか1ヶ所に絞らなければいけなくなりました・・・。

 

(つづく)