先日の講座の終わりに

仲間と食事しました。

彼女は2010年くらいの生徒さんですが

仲良くしています。

彼女は泣きながら私のサロンにいらしたなあと

しみじみします。いまはまったく

悲しみはなく、笑顔で楽しく生きています。

さて、

2015年Facebook記事です。

再掲します。

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昨晩のこと・・・
残り物のシャンパンがあったので
もったいないなあと
一人のみしていました。
あまり飲まないので珍しいのですが・・・。
なぜか父の思い出が噴出して
父が死んだのは自分のせいだと思っていた感情が
ほとばしり出ていました。

父は転勤が決まっていて早々に辞令も出ていたのに
私が小学校の卒業だからと待ってもらっていたのです。
その時期に、大変な案件がでて、
父は会社に詰めていて心筋梗塞で倒れ、
帰らぬ人となりました。

父の仕事は父でなければできない仕事で。。。
それゆえ三年周期で転勤になるはずなのに
七年も居た函館・・・。
それももうラストのところでした。
大きな場所に移動する予定だったので
父の期待や喜び、仕事の責任の重さから
解放されると思っていたように思います。

私がいなければ・・私が卒業でなければ
父は死ななかったのではないか・・・

そのことで苦しみ 私はスピリチュアルの方向に
向かったのです。
今も思い出す最後のころの父との思い出。
算盤の検定試験の日
日曜なのに出勤した父が
帰り時間待ち合わせをして
珍しく二人だけで食事に行こうと誘ってくれて
すき焼きを一緒に食べに行った。

何を話すでもなかったけど 
幸せ・・・を感じていた私。
なんでもない幸せが一番大事だと
感じ取っていたように思います。
父も虫の知らせというものだったのか
なにかを感じ取っていたのかな・・・
これで最後だと。そんな気もします。

結局はそういう運命だったんだねと
結論付けられはしたのですが
子供の時の感情は出したこともなく
潜在意識下に置きっぱなしだったのでしょうね。

今グリーフワークを学び始めているので
余計出てるのかもしれません。
私の無意識が選び取った結果でしょうが
喪失の悲しみは 
こうやって心の小箱をあけて
出してしまわなければ 無くならないものです。

私はヒプノセラピーというものに向かったのも
必然だったのでしょう。

グリーフワークはスピリチュアルな分野が入ります。
死というものに直面するとき
人はスピリチュアルな世界がベースにあり
それを踏まえた上でしか
解決できないものでもあります。

誰にでも訪れる 喪失の悲しみを
いい形で昇華できるように
お手伝いをしたいと思っています。

私にできることを 大切にしたい
辛いことも悲しいことも 乗り越えれば
力になるものだから。
それは神様から与えられたものだと信じているから。


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人には四つの痛みがあると

言われています。



トータルペインといいます。

この痛みをどう向き合うか
どう寄り添いあって生きるのか?
が、テーマになっています。

この四つの痛みの中のスピリチュアルな痛みは

薬を出していただくわけにはゆきません。

自分が向き合って 
答えをだしていかねばなりません。

そのお手伝いをしっかり
させていただいていこうと

この仕事を2004年からさせていただいています。

痛みに、苦しみに寄り添わせていただく為に

この仕事を頑張っています。



明日のサロンはこのスピリチュアルペインについて

語っていこうと思っています。





マリア拝