【遠藤のアートコラム】ヴェネツィア・ルネサンスvol.3 ~油彩技法~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノは、筆だけでなく時に指を使って描くこともあったとか。

今月は、国立新美術館(東京・六本木)で開催れている「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」の作品を紹介しながら、ヴェネツィアの画家たちについてご紹介します。

 

■今週の一枚:受胎告知の聖母(※1)■

―見よ、おとめがみごもって男の子を産む―


上記は旧約聖書の一書『イザヤ書』の一節です。
聖母マリアは大天使ガブリエルから、神の子を身ごもったことを告げられたとき、この一節を読んでいたとされます。

上の作品は、アントニオ・デ・サリバによる作品《受胎告知の聖母》です。
真っ黒な背景の中、お告げを受ける聖母のみが描かれています。

通常、受胎告知の場面には、大天使ガブリエルの姿と、精霊の鳩、マリアの純潔を象徴する白百合などが描かれます。

しかし、この作品で大天使がいるはずの場所は、鑑賞者の位置。
マリアとともに描かれているのは、書物が置かれた書見台だけです。

かすかに挙げられた右手の動きだけがマリアに起こった驚き、戸惑い、畏れなどを表しています。

※1 受胎告知の聖母(部分)


この作品には、もとになったオリジナルがあります。
現在パレルモ州立美術館に所蔵されているオリジナルを描いたのは、この作品の作者アントニオ・デ・サリバの伯父、アントネッロ・ダ・メッシーナ(1430-1479)です。

書見台にも、「ANTONELLUS / MESANIUS / PINSIT」(メッシーナのアントネッロが描いた)という署名が記されています。

※1 受胎告知の聖母(部分)


長い間、こちらの作品がオリジナルだとされ、パレルモの作品が模写だと思われてきました。
20世紀初めにようやくパレルモのほうがオリジナルであることが指摘され、今ではアカデミア美術館に所蔵されてきた上の作品が、パレルモの作品の模写であり、描いたのは甥のアントニオ・デ・サリバだということが確定しています。

伯父のアントネッロは、ヴェネツィアに洗練された油彩技法の知識をもたらした人物とされます。

油彩の技法は、オランダ、ベルギーにあたるネーデルラント地方で確立します。
油彩が確立されるまで中心となっていた技法はテンペラです。
テンペラは、主に卵黄で顔料を固着させます。
不透明で乾燥が速いため、油絵のようなぼかしの表現が難しい技法でした。

西洋画で油彩が中心となる過渡期に制作された上の作品は、テンペラと油彩によって板に描かれています。

油彩技法が伝わったヴェネツィアでは、その特徴を生かし新たな描き方が確立されていきました。

その立役者はティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488/90-1576)です。

※2 聖母子(アルベルティ―ニの聖母)


こちらはティツィアーノの作品《聖母子(アルベルティーニの聖母)です。

作品をアカデミア美術館に遺贈したのがアルベルティーニ家だったため、「アルベルティーニの聖母」と呼ばれています。

この作品には、素早く粗いタッチがみられます。
これはティツィアーノ晩年の特徴です。
震えるような光の表現は、およそ300年後の印象派の描き方を先取りしているかのようです。

それまでのテンペラの技法や初期の油彩技法などでは、明るい部分を先に描き、モノトーンで立体をしっかりと作り上げたあとに、色をつけていきました。
この場合、色はモノトーンの立体の上に薄く塗り重ねるため、最初の下書きの線や形が肝心になってきます。

レオナルド・ダ・ヴィンチなどもこうした描き方をしています。

しかしヴェネツィアでは、赤褐色の下地をつくり、そこに初めから色を使って描きはじめたそうで、明るい部分は白い色を後から置くことで表現しています。
そのため、ヴェネツィア派の画家たちは、下書きにとらわれず自由に描き、時には構図を変更することもありました。

ティツィアーノは、このような新たな描き方を確立させることで、荒いタッチによる光や空気、劇的な印象を表現したのです。

※1 聖母子(アルベルティ―ニの聖母)(部分)


聖母マリアと幼子イエスは互いに何かを握りしめています。
不明瞭ですが、リンゴの果実だという説があるそうです。

イヴの勧めでアダムが口にした禁断の果実、知恵の実とされるリンゴは原罪の象徴です。

幼子イエスの右手がだらりと力なく垂れているのは、十字架にかけられた後の死せるイエスを表現するときに見られる描き方です。
人類を原罪から解き放つため、犠牲になることが暗示されていると考えられます。

悲しそうな顔をするマリアを描いたこの作品は、晩年のティツィアーノにしては比較的小型なことから個人からの注文だったと考えられています。

ヴェネツィアのみならず、ヨーロッパ中の宮殿を飾ったと言われるほど人気を博し、画壇に君臨し続けたティツィアーノ。
彼に影響を与えた先人たちや、彼に続くヴェネツィア派の画家たちは、ヴェネツィア絵画の黄金期を築いたのです。

参考:「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」図録 発行:TBSテレビ
 

 



※1《受胎告知の聖母》アントニオ・デ・サリバ(別名アントネッロ・デ・サリバ)
テンペラ、油彩/板 アカデミア美術館

※2《聖母子(アルベルティ―ニの聖母)》ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
油彩/カンヴァス アカデミア美術館



<展覧会情報>
「日伊国交樹立150周年特別展 

アカデミア美術館所蔵 

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」

 

2016年7月13日(水)~10月10日(月・祝)
会場:国立新美術館(東京・六本木)

開館時間:10時-18時
金曜日は20時まで
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日

大坂会場:国立国際美術館
2016年10月22日(土)〜 2017年1月15日(日)
開館時間:10時〜17時  金曜日は10時〜19時
(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日、12月28日(水)〜1月4日(水)
ただし、1月9日(月・祝)は開館し翌日休館

展覧会サイト:http://www.tbs.co.jp/venice2016/
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

 





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