【遠藤のアートコラム】ティツィアーノvol.2 ~傑作《ダナエ》の誕生秘話~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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西洋美術史に輝くティツィアーノの代表作の一つ《ダナエ》。この官能的な作品は、パトロンと画家の思惑が絡み合って誕生したそうです。

 

今月は、東京都美術館 (東京・上野)で開催されている「ティツィアーノとヴェネツィア派展」の作品を紹介しながら、ティツィアーノについてご紹介します。

 

■今週の一枚:《ダナエ》(※1)■

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ダナエ》1544-46年頃
ナポリ、カポディモンテ美術館
© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo


―彼は閣下のご注文のもと、サン・シルヴェストロ枢機卿も魔が差すほどの
裸婦をすでにほぼ完成させておりますが、これに比べたら、
閣下がペーザロのウルビーノ公の居室でご覧になった裸婦は、
テアティノ会の修道女のようでございます―
 

上記は、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488/1490-1576)について書かれた書簡の一節です。

 

この書簡の中で言及されている「サン・シルヴェストロ枢機卿も魔が差すほどの裸婦」とは、上の作品ティツィアーノの傑作《ダナエ》のことです。

 

「サン・シルヴェストロ枢機卿」とは、ローマで厳格な検閲官を務めていた人物のようで、そんな堅物さえも魔が差すほど官能的な裸婦像が完成間近だということを伝えています。

 

この書簡の宛先は、枢機卿のアレッサンドロ・ファルネーゼ(1520-1589)。

書簡の中で「閣下」と呼ばれている彼は、ウルビーノ宮殿でティツィアーノが描いた横たわる裸婦像、現在《ウルビーノのヴィーナス》と呼ばれる作品を見て気に入っていたようで、ティツィアーノに裸婦を描かせようとしていました。

 

差出人は、ティツィアーノが新たに描いている裸婦に比べれば、彼が「ウルビーノ公の居室」で見た裸婦は敬虔な修道女のように控えめだと言っています。

 

裸婦を求めたアレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿とは、ローマ教皇パウルス3世(1468-1549)の孫で、教皇の後ろ盾のもと、数々の称号と館を持ち、教皇特使として活動した人物です。

教皇を排出したイタリアの有力貴族ファルネーゼ家は、優れた芸術のパトロンでもありました。

 

彼に宛てて、この書簡を書いたのは、ベネヴェント司教ジョヴァンニ・デッラ・カーサ。

 

彼は、教皇とアレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の思惑に応えるべく、画家ティツィアーノに近づき、その様子を書き送っているのです。

 

ヴァチカンで力を持つファルネーゼ家は、政治的なライバルでもある神聖ローマ帝国皇帝カール5世気に入りの画家であるティツィアーノに、自分たちのために肖像画や新たな作品を描かせたいと願っていたようです。

 

一方で、画家ティツィアーノもヴァチカンからの依頼に応え、繋がりが強まることを望んでいました。

彼は、司祭でありながら身持ちの悪い息子ポンポニオ・ヴェチェッリオのために、修道院から収入を得られる「聖職録」の権利を得ようと画策していたのです。

 

デッラ・カーサはヴァチカン側の思惑を隠してティツィアーノに近づき、ローマへと向かわせることに成功。

ティツィアーノは、1545年、アレッサンドロ・ファルネーゼの招きを受け入れてヴェネツィアで描いていた裸婦像を携え、ローマへ到着しました。

 

滞在先のベルヴェデーレ宮で《ダナエ》は完成されたと考えられています。

 

※1 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ダナエ》1544-46 年頃

油彩、カンヴァス、120×172cm、ナポリ、カポディモンテ美術館

© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

ナポリ、カポディモンテ美術館

© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

 

「ダナエ」とは、ギリシャ神話に登場する王女です。

 

ローマの詩人オウィディウスによれば、彼女は娘の産む子に殺されると予言された父によって塔に閉じ込められてしまいます。

しかし、ユピテル(ギリシャ神話ではゼウス)と呼ばれる神が彼女を見染め、黄金の雨に姿を変えて彼女のもとを訪れ、交わったとされます。

 

ティツィアーノの作品《ダナエ》では、金貨の混ざった黄金の雨が、豊満な体をさらす彼女の元へと降り注いでいます。

 

彼女の足元に立つのは愛の神クピドです。

 

この官能的な作品に描かれている美しい女性ですが、実は実在の人物の顔が当てはめられている可能性があるそうです。

 

デッラ・カーサからの書簡には、ティツィアーノの息子に聖職録が与えられれば、彼はカミッラ夫人なる人物の義理の妹の頭部を、その裸婦像に喜んで当てはめるだろうと言っています。

 

このカミッラ夫人とは、ローマの高級娼館の女主で、その義理の妹であったアンジェラは、枢機卿の愛唱だったと考えられています。

 

ヴェネツィアで作品を見たデッラ・カーサが作品を《ダナエ》と言及していないことから、もとはヴィーナスを描いたものだったのかもしれません。

 

しかし、ティツィアーノはそれに黄金の雨などを付け加え、《ダナエ》としたのです。

黄金の雨に金貨が混ざっているのは、神が金貨で女性の純潔を買収したということを表し、また、描かれている女性が高級娼婦であることを裏付けているとも考えられています。

 

こうしてティツイアーノは、刺激的な裸婦像を「ダナエ」という神話にまとめあげ、枢機卿の面目を保ちつつも楽しませる作品を巧みに完成させました。

 

パトロンの目論見と、彼らからの報酬に対する画家の期待によって、《ダナエ》という傑作は生み出されたのです。

 

参考:「ティツィアーノとヴェネツィア派展」カタログ 発行:NHK、NHKプロモーション

 


 

※1 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ダナエ》1544-46年頃

油彩、カンヴァス、120×172cm

ナポリ、カポディモンテ美術館

© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

 

 

 

<展覧会情報>

「ティツィアーノとヴェネツィア派展」

2017年1月21日(土)-4月2日(日)

会場:東京都美術館 企画展示室 (東京・上野)

 

開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)

夜間開室:金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)

休室日:月曜日、3月21日(火)

※ただし、3月20日(月・祝)、27日(月)は開室

展覧会サイト:http://titian2017.jp

 


 
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