嘘恋シイ【17】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

「大人」 と 「子供」

 

 

嘘恋シイ【17

 
 
 兄からの着信に躊躇いながらも通話ボタンを押した。いつまでも、避けられるはずもない。もっとも、試験中は兄は家に寄りつかないから、学校以外で姿を目にすることはなかった。だけど、近いうちに顔を合わすことは、分かりきっている。

 
 「何?」
 

 平常心だと何度も唱えたにも関わらず、余りにそっけない言葉が転がり出てきて自分の幼さに拳を握った。

 
 『あのさ、慎吾』
 

 やけに間を置く兄に苛々しながら、その先を待った。試験明けの週末。折角の開放感が失せていく。今一番聞きたくない声を電話越しに待っている自分が大馬鹿に思えて仕方がない。
 

 「いや……あのさ。すまないんだけど。……単三の電池、買ってきてくれない?」
 

 こっちの気も知らないで、出てきた間抜けな頼みごとに、 「馬鹿にするな」 と怒鳴りたい衝動に駆られた。それでも、なんとか踏みとどまる。そもそも、兄は知らないのだ。俺が小波さんとのことを知っているだなんて。
 

 「……いいけど」
 

 自分で買えよ。喉に詰まる言葉を無理に飲み込んで承諾した。
 

 「よかった。ああ、四つ角のコンビニで買ってくれればいいから。……頼むな」
 

 兄からの頼まれごとをこんなに嫌な気持ちで引き受けるのは初めてだ。コンビニまではそんなに距離もない。徒歩で15分。自転車で飛ばせば5分もかからないだろう。

 自転車に伸ばした手を咄嗟に引っ込めた。この自転車も兄のお下がりだ。どうでもよかった事までが鼻について、そんな自分に舌打ちする。手をジーンズにねじ込んで自転車から視線を逸らした。
 

 家から数分歩いた先にある公園を斜めに横断すれば、コンビニのある四つ角はすぐそこに見える。小さい頃から親しんできたそこに足を踏み込むと、不思議な感覚がした。
 

 「どれくらいぶりだろ……」
 

 遊具もさほど揃っていない小さな公園には、二人分のブランコとなんの変哲も無い滑り台があるだけだ。遊具に真新しく塗られたペンキだけが、自分の知っているこの場所と違っていた。そして、どれもが小さく見える。
 通学路とはいえ、自転車通学のせいもあってもう何年も公園に足を踏み入れていない。いつから自分は公園で遊ばなくなったのだろうかと、記憶を辿っても、遊んでいた頃に行き着くばかりで、境目は分からなかった。
 

 誘われるように、気がつけばブランコの鎖を握っていた。冷たい感触と鉄錆の臭い。金属のぶつかる音を聞きながら腰を下ろしていた。

 
 「小さいな」

 
 少しばかり窮屈に感じる。足は折り曲げないといけないし、幅も狭い。
 

 「成長してんだ」
 

 背も伸びた。肩幅だって広くなった。声だって低くなったし、些細なことで泣くことも、怒ることもない。それが成長なら、間違いなく成長している。――それだけが、成長なら。
 

 「オッサン、そこは俺のなんだぞ!」
 

 急に声を掛けられて、自分が俯いていたことに気づいた。顔を上げると、座っている俺の目高と同じ位置に、くりくりとした目があった。不機嫌な顔を作っているのか、眉間に皺を寄せようとして必死だ。けれど幼い眉が数ミリ近づいただけで寧ろ可愛くみえる。
 

 「俺が座ってるでしょ」
 

 言ってから可笑しくなった。何が成長だ。

 
 「百数えたら交代なんだって! そういうルールなんだから!」
 

 さっきから、俺に向かって声を張り上げている少年にうんうんと相槌を打つ少年が、おっかなびっくり影から顔を出している。友達だろうか。
 

 ――それとも、兄弟?
 

 ちくりとした。兄とは随分、歳が離れていたから、こんな風に一緒に遊んだ記憶は少ない。むしろ、幼いながらにも、兄に遊んでもらっているという意識があったくらいだ。

 兄のやっていることは何でもやってみたくて、それでよく怪我もした。泣く度に困ったように笑う兄は、俺の頭に手を置き 「泣くな」 と言った。構ってもらえることが嬉しくて、俺は何度も怪我をした。
 ぐるぐる同じことを繰り返していた日々は、一体どこへ消えたのだろう。
 

 「かぁわぁれ!」
 「百数えれば?  ルールなんだろ?」
 

 顔を真っ赤にして膨れた少年は、それでも泣きはせず、わめくように声を上げカウントし始めた。声と一緒に小さな指がおり込まれていく。そんな少年よりも、少しだけ小柄に見える少年も合わせるように数え始めた。
 

 兄と対等だったら、素直に小波さんのことを話せたのかもしれない。兄にも、彼女にも、聞けたのかもしれない。だけど、兄は大人で、俺は子供だ。俺がどんなに成長したって、兄はずっと先に行く。それは多分、一生変わらない。同じラインに立てる日なんて、想像できない。
 

 想像できないけど……。
 

 風が吹いて、砂埃が舞う。思わず目を瞑った。目を擦って開いたら、俺のほうへ向かってくる姿を捕らえて、もう一度、確かめるように目を瞑った。

 

 

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