「き・・・最上さん、どの映画にするか決めた?」と蓮が話しかけると、
先程から映画館の上映スケジュールと睨めっこしていたキョーコが顔を上げ、「はい。この映画がいいです。時間帯もちょうどいいですし。」とにっこり笑って、ひとつの映画を指し示した。
蓮とキョーコが付き合い出して、かれこれ半年経とうとしているのだが、もともと秒単位で仕事が詰まっている蓮と、”BOX R”で更に人気が出て、忙しくなり始めたキョーコがデートらしいデートをするのが今日が初めてなのである。
「”の○の城”?」と蓮が映画のタイトルを読むと、
「以前、学校で借りた本がとても面白くて。興味があったんですよ。」と嬉しそうにキョーコが答えた。
「先にチケットを買いに行こうか。」と言って、蓮がチケット売り場の方に足を向けるとキョーコも後についていった。
「12時30分からの”の○の城”、学生一枚と大人一枚。」と言って、蓮が先ほどキョーコから預かった学生証をカウンターで提示しながら言うと、
映画館の係の人が、何か不備でもあるのか予定表らしきものを何度も何度も確認していた。
蓮の横からキョーコが「あの、この日付って今日ですよね?」とおずおずと聞くと、
係の人は何処か気まずそうに「こちらの回は、字幕付きになりますが・・・」と二人に言うと、
蓮とキョーコは一瞬顔を見合わせたものの「「大丈夫です。」」と返事した。
支払いを済ませ(このあと、キョーコが自分の分を支払おうとして、蓮に止められた。)、カウンターから離れた所でキョーコが「これって、日本の映画のはずなのにどうして、字幕なんて付くんでしょう?」と蓮に話しかけると、
蓮も頭をかしげながら「もしかして、外国の人向けに英語とかの字幕がついてるのかな?」と答えた。
映画を見終えた二人は、?を飛ばしながら映画館から出てきた。確かに、字幕はついていたのだけど…・
それは外国語ではなく、日本語だったのだ。
しばらくウ~ンとキョーコは唸っていたが、やがて、何か思いついたように
「もしかして今のって、聴覚障害者の方達のための映画だったのではないでしょうか。」と呟く様に言うと、
蓮も「それなら、カウンターの人の対応も映画の字幕も納得行くね。けど、見事に健常者たちばかりだったような気もするけど。」と答えた。
「フフフ、貴重な体験をしましたね、敦賀さん。」とキョーコに嬉しそうに話しかけられ、
蓮は「うんそうだね。」と答えたものの、心は別の所にあった。
(出来れば、恋愛モノを君と二人で観たかったんだけどね。それはまた次の機会に。それよりも、君をだるまやに帰すまでに”キョーコちゃん”って呼べるように努力しないとね。)
《終わり》
一昨日、友人とこの映画を観て来ました。蓮とキョーコのチケット売り場でのやり取りは、
まんま私と友人が体験したものです。
映画は盛況で、観客は私たちを含め健常者の方が多かった(と言うかほぼ全員かな?)です。
日本語の字幕付きの映画、初めての経験でしたヘ(゚∀゚*)ノ