パーソナル化するラーニング

 企業にとっても、個人にとっても、いちばんシアワセな学び方ってなんだろうか? 

 これまでのように「会社が父親、社員が子供」のような関係、つまり親がレールを敷いて、そのレールから外れないように、細かくガイドするやり方は、どっちにとっても不幸な気がする。

 先日、ある国内大手保険会社の社長が、「これからの会社と個人の関係は、会社に従属する個人がいるのではなく、会社というプラットフォームの上に、個人がのって活躍する時代」と話されていた。今後は、こうした企業(組織)と個人のバランスを前提に育成していくのが正解かもしれない。

 そうなると、私たち社員1人ひとりも意識を改め、成長する責任を自ら背負う必要がでてくる。でも自分自身が看板であり、私たの一生は、自分の中に眠る才能(看板)を開花させるための旅だと思えば、それに見合う価値はきっとあるはずだ。

 ラーニングが新しい世界へシフトする中、日本企業や私たち1人ひとりがどういう学びをしていくとよいか、特にITが学びの質をどう変えているのかに軸足をおいて、グローバル先進企業の取り組みを紹介していきたい。

 SNSやスマートフォンの隆盛は、マーケティングや消費者とのコミュニケーションのあり方を根本から変え、新たな勝ち組・負け組企業を生んでいる。そして今、その潮流は「人材育成」のあり方も変えようとしている。
 スマートフォンアプリを使った研修コンテンツの配信、シミュレーションゲームのコンセプトを援用したグローバルでの課題解決、ナレッジのリアルタイムでの創造・共有……。知識自体が持つ価値が低下しつつある中、昔と同じような研修体系で、同じ労力をかけて、同じような内容を、個人にインストールするような研修は減ってきている。一部の識者からは、「それはハードディスクがなかった時代の教育手法」と切り捨てる人もいる。

 今は、知識を教え込むということより、情報のフローを作ることで、新たな知を産みだす土壌を作ることが主流だ。ある分野の才能ある人々が集まる場所をスパイクというが、グローバルに点在するあらゆる個人を有機的に結び付けることで、スパイクの集積を作ることに腐心している。

 たとえば、ここまでやるかと思われるかもしれないが、あるグローバル企業の人事では、社員間コミュニケーションをモニタリングすることで、誰が情報のハブとして知識のフローを引き起こしているのかを分析している企業もある。Facebook、Yammer、Chatterをはじめとしてコミュニケーションツールが充実してきた今、人事部は人と人、情報と情報をどう結び付けていくのかという検討を迫られている。

<勘違い> 育成は自社流に限る → 国や企業の壁を超えて学び合う

 「人材育成といえば、対象として、社内の人間しか思い浮かばず、また社内のやり方でやるもの」という暗黙の前提を持つ人事の育成担当者は多い。でも、そんな組織の壁を軽やかに超えていく先進的企業がある。たとえば、ある商社では、自社の幹部養成プログラムにおいて、社内だけでなく、グループ会社の人材、そして取引先の人材を一緒にして育成している。

 企業経営においても、ソーシャルな情報共有が進むことで、これまで多階層、組織の壁に阻まれた活動世界が打ち破られ、よりシームレスに一体化した運営がなされてくるという見立てをしている。このシェア基盤を活用する企業は、シェアプログラムで浮いた費用を、より他社との差別化につながる重要なポジションの育成(たとえばグローバルで通用するブランドマネジャーや、ロシアで販売網を開拓できる人材育成など)に投資している。

 日本企業も、こうした育成へのメリハリを効かせ、投資対効果にこだわっていかないと、競合であるグローバル企業と差がついていってしまうかもしれない。

 これまでの人材育成では、人事部が定義した人材要件を基に、まるで鋳型にはめ込むように、人事部が育成プログラムを作り込み、ベルトコンベアのような大量生産型モデルで、社員に提供されてきた。それがいちばん効率的だったからだ。 これからはテクノロジーの進化に加えて、社員に対して独創性やイノベーションの発揮がより求められてくるようになると、ラーニングはよりパーソナル化していく。

 具体的には、人事部が職種別にカリキュラムを決めるのではなく、1人ひとりが自分の強みや志向にあった学習内容を自ら選択して受講する。それも、一方的に知識を消費するだけでなく、自分から外に発信する「学び」の提供者にもなることで、知識や情報のフローを引き起こし、成長していく、まさにトルネード型のラーニングになっていく。

 あるグローバル企業の事例を見てみよう。社員は、自分の興味のあるコミュニティに所属し、Yammerなどでその道のプロ同士で交わす情報のやり取りをフォローする。また毎日のように開催される最新の事例紹介や、ノウハウ共有のウェビナーに参加し、グローバルの専門家から学びつつ、逆に自分からも経験や意見を共有、発表する。話の中で、興味のあるテーマが出てきたら、関連する10分程度のマイクロセミナー(TEDのようなもの)を選んで、休憩時間に視聴したり、自ら学習コミュニティを立ち上げたりする環境が整えられている。 学びの主導権は、社員にあり、自分の興味でデザインできる形ということだ。

 欧米でもworkforce of oneという概念が提唱され、これまでのように職種別/役職別に画一的なものではなく、個々の志向にあった人事制度や研修を選択できる仕組みがとられている。ペプシコ、P&G、グーグル、マイクロソフトといった企業がその先進事例としてよく知られている。

 また企業の人事も、これまでの固定概念を捨ててもらう必要がある。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤穣一氏はよく次のようにおっしゃっている。

 「Learning over education. 学びは自発的なもの、教育は与えられるものであり、本来は性質が異なる。しかし、私たちの中には依然として『教育システムがないと、学びは生まれない』という意識がある。でも教育システムに拠らなくても学びを生むことが可能な時代は、すでにやってきている」。

 伊藤氏の言うように、「どう教えるか」ではなく、むしろ「どうすれば社員の自発的な成長を後押しできるか」という発想に立てれば、これからのラーニングもきっと新しい景観を見せてくれるはずだ。(東洋経済オンライン)


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