ケニアに来て1年半。

そして任期があと半年。

ブログをぜんぜん書いてませんが、

ここで今の気持ちを残しておこうと思った。

いつか今の自分を未熟だなーとか

若いなーとか

馬鹿だなーって振り返れたらいいなと。

ケニアに来てから

「理想と現実」

に挟まれていて

本当はこうしたい!

本当はこうあるべきだ!

という考えと

でも現実的にはこれが1番!

現実的にできない!

この二つに挟まれる。

常にベストを目指した方がいいというのは

どんなことにも言える。

できないと決めつけて努力しないで

妥協はしたくない。

だけどー

あたしが疑問を感じたので

ユニセフなど大きい機関で出しているガイドラインが

現場とかけ離れている夢のようなものであること。

しかしガイドラインなんだから、

妥協して書く事ができない。

かと言って現場の人がガイドラインを見てもなんの参考にもなれないと。

あたしが感じたのは

これはできないけど

こうしたら少しは良くなるかもよっていう助言がほしい。

現場はこれがほしいんじゃないかな。

たとえば

児童保護施設(孤児院)で

お金がないからすべてできないけど

優先順位はこれであるべきで、

これだけはやってほしいとか。

消化器と救急箱の設置を法的に定められているけど

消化器なんて高いしケニアでは馴染みがない。

日本では避難訓練の時に実践訓練みたいのあるよね。

じゃー消化器の代わりに

キッチンの近くには水を溜める桶を常に設置してくださいとか。

それだったらお金をかけずに簡単にできて、

その水はキッチンで使ったりもするけど

常に水をいっぱいにしておけば役割は果たす。

雨水がそこに貯まるような仕組みであればさらに楽チン。

誰がこれをアドバイスしてくれて

誰がこれをモニタリングしてくれるのかな。

児童局は児童保護施設を監督しているが

こんな柔軟なアドバイスできないし、

児童保護施設だけに力を使えないのが現実。

先日ユニセフケニア事務所で働く方にお会いした。

ひとつ違いとか思えない頭の良さと品。

考え方や知識、経験。

とても憧れずにはいれないすてきな方だった。

その方は

「いろんな制度から漏れてしまう人を支援するようなことがしたい」

と話していた。

そうそう。

そもそもあたしが今後何をしたくて、

真には何があるのか。

あたしは

「子どもの囲む人たちを支援したい」

という思いがある。

それを実現するには

どんなところに行けばそれが実現できるのか。

どんな勉強が必要なのか。

そうやって考えないといけない。

Social policyを作ってその人を支援できるのか?

Cash transfer(子どもを持つ貧しい家庭にお金を配る制度)などのプロジェクトなのか?

児童局で働くオフィサーのトレーニング=人材育成なのか?

自分がソーシャルワーカーになってフィールドにいるのがいいのか?

おっと、元のトピックからだいぶはずれてしまったwww

そう。

1年半住んでみると考えが大きく変わる。

自分でもびっくりww

ケニア人ボランティアと一緒に活動しているが

いつも日当がもらえないとかランチ代を出せとか

ブーブーうるさくて

最初はまじうるせーよ。

自分でボランティアをやりたいって来たんだから

自分への利益を求めるなと思ってた。

でも最近は児童局のため、子どものために働く彼らに

もっと手厚い制度があってもいいと思う。

会議に来て日当をもらって帰る人もいて

カウンターパートは完全に否定しているけどねw

ケニアでケニア人がボランティアするということは

日本で日本人がボランティアすることと大きくことなる。

日本でボランティアというと

何かに対して誰かに対して

自分を奉仕することというのが強い。

ケニア人は自分にメリットがあるだろうと思ってやっている人が多い。

あたしはケニア人の考えも間違ってないしそう思う。

ボランティアを偽善という人が多いけど

ボランティアは自分がやりたくてやってる時点で

人のためでもあるけど、自分のためなんだよ。

それでいい。

ケニアでちょっと違うことはそこにお金を求めることだね。。。

彼らにボランティアの概念を100回話したところで

お金を求めることは変わりない。

なので、そこであたしがどうするかが大切。

こう思うのに時間かかる。

ケニアに来る前を

自分の意見を押し付けてはいけないとか

現地のルールに沿うようにとか

言うけどそれって簡単にできない。

できる先輩隊員もいるけど

日本で育ってきた日本人ぽい日本人のあたしには

ここケニアの文化や習慣は恐ろしくイラつかせるもので

すんなり受け入れられない。

そう、もっとボランティアの人のメリットも考えよう。

ナイロビでノートをもらってあたしはいらないと思ってけど

同僚にあげて、「この間手伝ってくれたから」と伝えたり、

マンダージ買ってきていろんな話をしたり、、、。

来てくれたボランティアをご馳走したり。

これってモノで釣ってるんじゃないと思うかもしれない。

その通り!!

でもこれはネガティブな方法でもなく、妥協でもないんだ。

っていまの自分は言える。

すべて完璧な方法は取れない中で

妥当な方法。適切なやりかた。

自分の意見を曲げず、

ゴリゴリで押し付けるやり方ではなく、

興味をなんとか引けるようなやりかた。

そして彼らのメリットを考えてあげることが大切だと思う。

「子どものためのであって、これはあなたたちのためのものではない。」

と、言ってこともあったな。

パーフェクトは目指せなくても

みんなにメリットがあって

協力してくれるように考えたい。

あとたった6ヶ月。

まだまだやりたいことあるぞー!!