藤野恵美『ハルさん』(創元推理文庫)

じいいいん。
創元推理文庫の得意な「日常の謎」ミステリ、であると同時に、直球で胸を打つ愛情の物語。久しぶりに読みながら涙がほろほろこぼれました。これは名作ですよ……。

語り手の「ハルさん」は人形作家。結婚後まもなく妻を亡くし、遺された幼い娘「ふうちゃん」と過ごしてきた彼が、ふうちゃんの結婚式の日に二十数年の思い出を愛情深くかみしめるという構成です。いくつかの謎、そしてその解明のためにいつも力を貸してくれた、亡き妻「瑠璃子さん」の残像。妻への愛、妻からの愛、娘への愛。降りそそぐ優しさと、愛されて育つふうちゃんの姿が、ミステリの奥できらきらと輝いています。

ひときわ心に迫るのが、ハルさんが新郎の挨拶を聴くシーン。娘の選んだ相手だからと信じつつも、仕事の都合で結婚式当日が初対面という新郎に一抹の不安をぬぐえないハルさんの心情と、新郎の挨拶とが交互に描かれ、感動が静かに高まっていきます。個人的な話ですが先月私が結婚した時、母がだいぶ早い段階から泣いていたので重ねて読んでしまい……ありがたい愛情をひしひしと感じました。いやー、披露宴終盤の花束贈呈は、そうか、そりゃ泣くわね。

文庫版あとがきで、筆者によって「ハルさん」造形の原点が明かされています。私と事情は違うけれど、筆者の願った「父親」がみごとに現出できていることを、うらやましくも喜ばしく思います。おめでとうございます。

いやあ、それにしても泣いた。いい本に出会いました。本の神様ありがとうございます。

 

ハルさん (創元推理文庫)/藤野 恵美
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