柚木麻子『王妃の帰還』(実業之日本社文庫)

中学生の、小さな教室。
でも中学生のころって本当に、家と学校くらいしか世界がないんですよね。どちらかの世界でうまくいかないことがあると、それだけで息苦しくて、明日が来るのが怖くて、不安で仕方なかった。
そういう「あのころの教室」の物語です。

ここ数年、スクールカーストだとかクラス内の序列といった言説が散見されますが、物語の冒頭はまさに「トップが序列の最下層に叩き落される裁判」のシーンです。そして主人公は、叩き落された「王妃」こと滝沢さんを引き受けざるをえなかった地味グループの一人、範子。今までひっそり、目立たないように、矢面に立たされないよう上手に立ち回ってきたのに、滝沢さんを受け入れたら人目につかざるをえない。しかも滝沢さんはあまりにも性格がきつく、うまくいっていた地味グループの中にも軋轢が生まれてしまう……

私自身はそこまでカーストを意識せずに過ごしたクチなので、登場人物たちからしたら大変おめでたいのでしょう。あんなにも緊張し、びくついて、ストレスいっぱいで過ごす中学生活。私には正直ピンときません。でも、十代の「思考力は飛躍的に伸びるのに、行動範囲もやれることも限られていて、動けない」あの限界が歯がゆくて、絶望する感じはわかる……早く強くなりたかった。

範子たちの画策する、王妃の帰還。そして各自がすこしずつ痛みを知り、苦い思いをしながら成長していく。憧れと自己嫌悪、友情と軽蔑、つらさと、優しさ。中学を卒業してだいぶ経ちますが、きりきりと刺さる描写の数々、あまりにも容赦ないから生々しく想像できてしまって、終盤には涙がこぼれたほど。あの環境の只中にいたらつらくて読み通せなかったかもしれない。

(話が逸れますが、願わくは、今まさにこのつらい中学生活を送っている若い人たちが絶望しないで生き延びてくれますように。二十代もまだつらいけど、三十代は私いまけっこう楽しいのでおすすめ。もちろん、耐えて生き延びるのは大変なことです。でも大人になったら少なくとも世界を選べるようになるから、どうか人生全体に失望してしまわないで)




王妃の帰還 (実業之日本社文庫)/実業之日本社

¥600
Amazon.co.jp
加納朋子『無菌病棟より愛をこめて』(文春文庫)

更新がだいぶ滞ってしまいました。みなさまお元気ですか。東京はだいぶ寒くなってきて冷え性の私にはつらい季節です。

さて、アマゾンで薦められていた加納さんの新作が文庫化。加納さんといえば映画化された『ささらさや』もそうですが痛みと温もりの魔法使い。心ゆさぶる日常ミステリの書き手として、私も長いこと大好きな作家です。

でもこれは、ノンフィクション。予想もしていなかった白血病による入院、治療、そして骨髄移植を受けてどうにか退院するまでの加納さん自身の日記です。弱っていく身体、面会もままならない子どもへの愛と申し訳なさ、憐憫。すごい額にのぼる医療費。

原則的には「あの加納さん」の感じで決して人を責めず、明るくいられるように努力しているのですが、そこはやはり重病人。たまに日付がとんだり、どうしても心で処理しきれず愚痴っていたり。いや、もっと愚痴ったり荒れたりしても不思議じゃないと思うんですけどね、若い研修医のゆきとどかない言動に傷つくのは当然だし、身体がつらいときに心だけぴんぴんしているわけないし。なのに気持ちが濁ったあと必ず反省する加納さん、えらいわ……

それから、闘病するご本人はもちろんのこと、夫(貫井徳郎氏)や実家の親きょうだい、骨髄を提供してくれた弟さん、そして中学に上がったばかりの小さなお子さんがそれぞれに悲しみつつ、いろんなことを我慢しつつ、加納さんの快復を祈っている様子がなんていうかもう、沁みる。病気は個人の身体の問題であると同時に、周囲の人々の生活や心にも影をおとしますね。彼らのもとへ加納さんが帰れたこと、本当によかったです。もちろんまだよれよれで苦しいコンディションでしょうけれど、こうして執筆して、私たち遠い読者にも声を届けてくださってありがとうございました。

なんだ後半、私信みたいになってるけど(知り合いでもないのに)。

無菌病棟より愛をこめて (文春文庫)/加納 朋子
¥713
Amazon.co.jp



毎日あまりに暑いので、オットが『アナと雪の女王』DVDを借りてきました。色彩的に涼めそうだから。

しかしわたくし、ディズニーのおひめさまたちに抵抗があるんです。彼女たちは確かにかわいく造形されているけど、主体性がなさすぎて「女の子たちっ! あれを目指したら何もできなくなるよ!!」とモヤモヤイライラしてしまって。
(だってたとえばオーロラ姫、あの子自身は努力してないし、百年にわたって眠っているので向上心どころの話じゃない。生まれたときに妖精たちが彼女に授けたのも美貌とか、いやまあ外見も大切だけど、もし姫じゃなく王子が生まれていたら勇気とか知恵とか、主体的に生きる力を与えられていたはずなのにさ。中身の存在しないかわいいだけの女の子がハッピーになれる物語、あれを幼児期に見せて憧れさせるって女の子をばかにしてると思うなあ)

だから内心、せっかくオットが借りてきてくれたDVDなのにみるみる機嫌が悪くなっちゃう内容だったら困るーとおそれていたのですが。


たいへん好みでした。


何がいいって、むりやり王子様をあてがわないところ。あ、ネタばれ回避であんまり書きませんけど、友人に話したら「あー、ディズニー映画は何してもジェンダーの人から叩かれるからヤケクソ的に男を出さない作品にしたって聞いたよー」とのことで納得。。。

あとはやっぱり、エルサの王女時代に両親がとった対応。子供がマイノリティだった場合に(セクシャルマイノリティ、心身に障害があるなど)親はどんなふうにしたらいいのか、問題提起しているように思います。エルサの両親は娘を隠すことを選んだけれど、そのせいで娘が自己否定を強め、コンプレックスでがんじがらめになっていく様子は本当に気の毒。そりゃあね、おおっぴらにすることが躊躇われるのは当然というか、私も戸惑うにちがいないんだけど。
少なくともエルサの場合、隔離されても慕ってくれる妹がいてよかったね……いなかったらどこまでも暴走したよね。


こないだのお芝居といい、アナ雪といい、考えさせてくれる作品にたくさん出会えてラッキー。いい夏です。
中高時代の同級生、小杉美香ちゃんは現在劇団員です。
このたびお誘いのメールをいただいたので公演にかけつけたらば!

すごーくよかった^^

劇団チャリT企画『それは秘密です。』HPこちら



舞台は数年先の日本。なかなか芽の出ないお笑いトリオの一人、圭がある日いきなり逮捕されるところから始まります。本人には思い当たることもないし、取調べの刑事も具体的なことをぜんぜん言わないので「ぼくはいったい何をしたんですかー!?」。いっぽう、圭の部屋ではトリオの相方やマネージャー、圭の恋人たちが真相を知り始めていた……

じつを言うと前回公演の『ニッポンヲトリモロス』が好みじゃなくて、風刺って難しいんだなあと上から目線で哀れんでいたんだけど(ほんとうにごめんなさい)、「ふざけた社会派」の名のとおり、コミカルな要素も織り交ぜつつ、かつテンポよく時事問題政治問題について掘り下げていく作品。圧巻の迫力でした。物語としても伏線がていねいに回収され、カタルシスと痛みの後味がおそろしく魅惑的。

あれね、観たほうがいいわ。


公演は8月3日まで。暑い日が続きますが、美香ちゃんはじめ劇団の皆さま、千秋楽まで体調バッチリなまま駆け抜けてください。すてきなものを見せてくださってありがとうございます。